甘露

甘露

「信じられねえ」
小龍が不愉快きわまりないといった声で吐き捨てた。

霧風はすっかり困ってしまって、隣の部屋の壁と小龍の顔とを交互に見た。
壁には大きな穴が開いている。

「だから、竜魔とは俺が組む方がいいって言ったんだ」
「…小龍」


もとはといえば、珍しく霧風と小龍、竜魔の任務に、まだ経験の浅い小次郎が加わり、四人で要人の警護の仕事が入ったことが発端だった。

 霧風はもともと小龍が一緒の任務だというだけで満足だったのだが、夜になって見張りの当番を決めるときになって一悶着がおこった。

「俺と竜魔が組んで、霧風は小次郎と組むのが妥当な線だろ」

あっさりと言い放ったのは小龍で、昔から小次郎にひとかたならない思いを抱いている竜魔と、小龍が気になってしかたがない霧風は、それは話が違う、という言葉が喉まで出かかった。

「竜魔は近距離攻撃だろ、俺は遠距離で援護ができる。小次郎のフォローするのならば霧風が組み合わせとしては合理的だ」
「……それはまあ……そうですけれど……」
小龍の言うことはまあ合っているので、霧風は渋々と頷いた。
竜魔のサイキックは一般任務では使用禁止だ。
何かこの機会に話ができればいいのにと思っていたので、少し残念だったのだが。
小次郎はきょとんとしたまま、小龍の背中に負ぶさるように抱きついている。

「ダメだ!」

立ち上がりながら叫んだのは竜魔だった。

「ダメだダメだダメだぁぁぁあっ!!小龍、お前は霧風と組め!」
「何でだよ」
「何でもだ!」
「理屈になっていない。霧風と組みたくないのならその理由を明確にしろ」
「……むうう……いや、なんというか、その…小次郎の世話を霧風に頼むのは、本陣の者として、ええと、そうだな、心苦しいと思うので……」
「ふうん」
小龍が赤面する竜魔を上目遣いに見上げる。

「俺、竜魔でいいよ」
小次郎が無邪気な声を出した。

「霧風も好きだけれど、言われてみれば竜魔の方が、確かに安心かもしれない」
「…だとさ。……霧風、どう?」
小龍がそのまま視線を霧風にめぐらせる。
鼓動が早くなったことを悟られないようにしながら、霧風が重々しくうなずいた。
「うむ、…小次郎もそう言っていることだし、…そうだな、小次郎は竜魔にまかせてみようか」



「…で、このザマかよ!」

本気で殺意を覚えはじめているらしい小龍が不穏な目つきで羽根を構える。
「やめなって、小龍!」
「止めるな、竜魔を役に立たないようにしておかねえと気がすまない」
「やめてください、ね?」
違う意味で竜魔が勃たなくなる状態にされそうなので、とりあえず小龍を止めておく。


隣の部屋から聞こえてくるのは、小次郎の甘い声。


「あっ……うん、あんっ」
竜魔の頭を抱きかかえるようにして、衣服の乱れた小次郎が腰を揺らす。
竜魔が何かささやいている様子だったが、ここからは聞き取れなかった。


「今夜はそれほど危険な夜ってわけではないんですし………」
「だからいいって訳じゃねえだろうが」
とりあえず危険な羽根は懐にしまったが、大きな白い羽根を一枚、入口にさしておくことを小龍は忘れなかった。明日の朝、これを見つけた竜魔が、どのような顔をするのかはだいたい想像できる。

「いいか、今日はお前の顔を立ててやっただけだからな。それと、」
小龍が眉を怒らせてぷいと背を向ける。
「竜魔に貸しを作っておくのは悪くないと思っただけだ。あとでシメる」
「……はい」


小龍がそのまま外に出たのでその後を追うと、空には細い月が出ていた。

「なんできさまは怒らねえんだよ」
「なんでといわれましても」
竜魔が小次郎のコトをもうずいぶんと長いこと思い続けているということは、里のみんなが誰も知っていることで。
好きな人と任務であるとはいえ同じ夜を過ごせると思ったら、 ――思ってしまったら、それで自分を止められなくなることは、あると思う。

「馬鹿ばっかりだ」
「……任務中でなければ、そんなに怒らなかった?」

霧風がちょっと聞いてみる。

「任務中じゃなければな」

小龍が座った隣に霧風が腰掛けた。指先が少し触れる。
手を引っ込められるかな、と思ったが、小龍はその位置から指を動かさなかった。

「…任務中じゃなければよかったのに」
霧風が小さくため息をついた。

雲が切れて、星空が見え始める。
細い月は存外明るく、今晩夜襲が掛けられるような心配はなさそうだった。

指先が触れあうだけで、温かい泉が湧くように幸せな気持ちになれる。


  甘露、などという言葉が浮かんでくる。


もっと触りたいなあとは思うけれど、今そんなコトを言ったらこの場ではっ倒されるのがオチなんだろう。

「……やれやれ、竜魔は、わたしにも一つ貸しですね」
つぶやくと、顔を向けた小龍がふっと笑った。
「そうだな。せいぜいふっかけてやれ」
思っていたよりも顔が近いので、ドキリとする。

 一緒にいるだけで、甘露の甘み。

翌朝の竜魔がどんな目にあったのかはとりあえずご想像におまかせするとして。


2005/07/12



 小龍亭出来る前のSSでして、某Rさんへの貢ぎ物です。ご許可いただきましたのでアップすることに。

 この「甘露」があって、「檸檬」「蜜夜」に続くのでした。

 (up;20060521)
 

 でも竜魔はヘタレなのでBまで(笑 。
 

2006/05/21(Sun) 00:20