蜜夜
「なんで竜魔が一人寂しく床で寝ているんだ」
意地の悪い微笑を浮かべて小龍が足元に転がる竜魔に尋ねる。
「……うるせえ」
竜魔が精一杯の赤い目でにらむ。昨晩はあまり眠れなかった様子だ。
「貴様は両手に花だったようだな、小龍」
「おかげさまで、と言うべきかな。暖かかったことは確かだ」
小龍がにっこりと笑う左右には霧風と小次郎。
「小次郎は夜中にベッドに勝手にもぐりこんできたんだよ、な」
小次郎はまだ寝ぼけ眼で、ベッドに突っ伏している。霧風は寝癖の付いた頭をかきあげながらベッドから降りた。
「どうしても小次郎と一緒にダブルのベッドがいいってゴネたのは貴方でしょう」
「…」
竜魔が黙りこくる。
今回は大きなベッド二つの部屋を取ることになり、電気を消す時点では入り口近くのベッドに小龍と霧風、奥のベッドに竜魔と小次郎が寝ることになったのだが、朝がくると不思議なことにひとつのベッドに3人が寝ていて、竜魔が一人床に転がっていたのだった。
まあ、同じ部屋で他の二人がいる中でマチガイが起こるわけは一応ないはずなのだが(竜魔には前科があるので尚更)、かなりドキドキしながら布団に入った霧風も、結局はハードな任務明けのこともあり、手が触れているだけで充分満足しながら熟睡したのだが、竜魔はそうでもなかったらしい。
「ま、自業自得だろ」
竜魔いじめには容赦ない小龍がチクチクとからかう。
いつもならあまりしつこいと小次郎が止めに入るのだが、それもない様子を見ると、昨晩はよほど情けないことが起こったらしい。
任務は今日が最終日で、あとは途中で一泊して里に帰ることになっていた。
* * *
「霧風」
ロビーで手続きを済ませた小龍が顔を出す。
出張任務の時にはたいてい小龍が会計関係の仕事を行うことが多い。
「部屋が3つしか取れなかったから、俺とお前同じ部屋な。小次郎と竜魔はシングルの部屋取ったから」
「はい」
何の気なしに霧風は答えたが、部屋に入ってから絶句することになる。
「…なんでベッドがひとつしかないんですか」
「ツインの部屋が空いてなかったから」
後手にカーテンを閉めて、小龍が小さく笑う気配があった。
ツインが一部屋に二つのベッド、ダブルという部屋は一部屋に一つしかベッドがないということは最近霧風も知ったところだ。
「昨晩の、ごほうび」
薄暗い部屋の中で、そっと首に暖かい体が巻きついてきた。
「いらないならいいけど」
「…貴方からもらえるものなら何でも」
触れるだけのキスが数回繰り返され、じきに、そっと深い口付けが交わされる。
「どした?」
「…また、途中で小次郎がベッドにもぐりこんでくるってことはないでしょうね」
「ああ」
小龍が笑う。
「小次郎には、『シングルの隣の部屋に行く分には見なかったことにしてやる』と言ってあるから」
「策士」
「褒め言葉だな」
霧風は目を閉じる。
最初から勝ち目があるとは思っていないのだけれども。
(20060101)
「甘露」「檸檬」「部屋」あたりの話と連動。
2006/05/21(Sun) 00:21