台風
ガラス戸がカタカタと音を立てている。
台風何号だかは知らないが、ニュースによれば夕方には村を通過するという話だった。
「小次郎がいないんだが」
竜魔が顔を出した。碁盤を囲んでいた項羽と琳彪が顔を上げる。
「外じゃねえの。小龍も昼からいない」
項羽が打った手がよかったのか、琳彪がうなっている。
「こんな天気で、外に出るか?普通」竜魔が眉をひそめた。
「こんな天気だからさ」
項羽が持っていた碁石を竜魔に一つ放り投げる。
「俺たちは血が騒ぐんだよ」
「・・・子どもじゃあるまいし」
項羽の投げた碁石を空中で止めた竜魔がため息をつく。
この嵐の中、小次郎はどこへ駆けていったのだろうか。
「ま、探しに行ってもみつからねーだろ。茶でも飲んでいけよ、竜魔」
勝利を確信した項羽が襖の近くの茶器を示す。
「ついでに俺らの分も入れておいてくれ」
「それがねらいか」
「和三盆があるぜ。俺のじゃないけどな」
「・・・いただこう」
「お前のじゃないってことは、小龍の分じゃないのかそれは」
琳彪が碁盤から顔を上げずに言う。普段は琳彪の方が碁は強い筈なのだが。
おそらくは小龍の分のおやつであった和三盆の可憐な包みに竜魔が手を伸ばした。
透き通って消えていく純度の高い甘味が口の中に広がっていく。
「台風といえばさ」
逆転を諦めたのか、琳彪が畳の上に転がった。
「俺、一度台風の目を見たことあるぜ」
「ほう」竜魔が茶をすすりながら琳彪を見た。
「いつだったかな、子どもの時なんだが」
「お前にもカワイイ子どもの頃があったんだよな」
項羽が茶化すが、琳彪は聞き流して話を続ける。
「綺麗なもんだぜ。それまでの暴風雨がふっと途切れて、普段よりも澄んだ青空が、いきなり広がるんだ」
「そんなものか」
「魔法みたいでな。・・・いまにも落ちてきそうな青空が広がるんだ」
「俺たちはいつだってそんな狭間に生きてるようなもんだよな」
誰に言うわけでもなしに項羽がつぶやく。
外は灰色の嵐だ。
小次郎は今頃どのあたりを駆けているのだろうか。
湯気を眺めながら竜魔が深く息をついた。
(20060915)
下手な散文詩みたいな感じになってしまいました。
「野分」と対です。
台風は中心の最大風速が毎秒17メートル以上のものをいうんですって。台風の目は直径20キロとか50キロくらいのものなんだそーです。秋の季語。
和三盆(わさんぼん)はサトウキビを精糖した最高級のお砂糖。
お茶のときのお菓子なんかで出てきます。大好き。
台風13号がきて、九州に上陸していたころに書いていました。
小龍は小次郎に付き合って風の中一緒に散歩中です。
2006/09/18(Mon) 15:49