黒生2 ・赤城

      赤城

 
「おでかけするんなら、おむすびつくってあげようか~?」
機嫌がいい麗羅が言うので俺は頷いた。
今日は快晴、暖かくて風も心地よい。実は昨日、奴からちょっと寺の境内に出てこいと伝書鳩で知らせが来たのだった。天気もいいし、今日は任務も何にもないし、散歩ついでにそれもいいだろうと俺は午前中からいそいそと準備をしていたのだった。
 
「おむすびの具は何がいいのかな~?」
麗羅がのんびり言うので俺は鮭と、梅と、高菜と注文した。
「そこにチリメンジャコがあるから、自分で混ぜてね~」
笑顔でおむすび作りを請け負った麗羅が、ちょこんと座って眺めていた俺に指示を出す。
「ほいよ」
「男の子と会うんだよね。じゃあおっきいおむすびの方がいいね~」
今日の麗羅は機嫌がいい。こういうときの麗羅は仲間の俺がいうのも何だが、とても可愛いのだ。
「漬け物は自分で切ってね~」
「おう」
本日は待ち合わせてあいつと会う。何日か前から楽しみにしていた自分がいる。
 
 
 
 待ち合わせ時間よりもかなり早い時刻に俺は境内に着いた。あいつは先に来ていた。
 ちょっと時間にルーズそうなのにな、と俺は嬉しく思って駆け寄る。
 
 向こうもすぐに俺に気がついたらしく、座っていた石段から腰を浮かせた。
 
 
「よ、早いな。もしかして待たせたか?」
「べ、別に今来た所だ」
「そんなこと言っちゃって、随分早いんじゃねえの?」
俺が隣に座ろうとすると、奴は少し寄って隙間を空けてくれた。
「絶対早いだろ。俺だって早めに出てきたんだぜ?それより早いってどういうことさ」
「だから、別にと言っているだろうが…言っておくが、貴様のことを待ってなどいないからな!…買い物を頼まれたついででな、ちょっと早く出ただけだ」
「へえ、買い物の」
「そ、そうだ」
「何の買い物?」
「…雑誌とかだ」
「ふうん」
 
とにかく、会いたい人に会いたいときってのは時間がもったいなくて、少しでも早く動こうとするもんだ。
俺は勝手にいい方に解釈しながら隣に座る。
 
「昼飯、喰った?」
この時間にすでに居るということは、昼飯はまだだろう。
「にぎりめしがあるんだ。一緒に食べよう」
お茶も持ってきてよかったと思う。
「ここでか?」
「いいじゃないか。よいお天気だしな」
「う、うむ」
「食べるのに協力してくれよ。持ち帰ることになると重くてかなわんからな」
「そこまで言うのなら食べてやってもかまわん」
「うんうん」
この辺にはコンビニくらいしかないので、食べ物の準備は正解だろう。
「具は何がいい?」
「種類があるのか?」
「梅と、鮭と、高菜と、あ、そこのチリメンジャコのは俺が混ぜたんだ」
「じゃあ、そのチリメンジャコを貰う」
「美味いぞ? 嫌いなモノはあるか?」
「高菜はいらない」
「ん~、じゃあそれは俺が」
指先がちょっと触れて、奴が手をさっと引っ込める。
「どした?」
「い、いや、別に」
「ならいいんだが」
言いながら俺は鮭おむすびを口に入れる。
「お、鮭美味い」
「そうか?」
「半分やろうか」
俺はほおばり始めたおむすびを半分に分けると大きい方を奴に手渡した。一瞬とまどいつつも、奴は受け取ると鮭のおむすびを口に運んだ。
「…美味い」
「だろ?」
兜丸が上野のアメ横で荒鮭を丸一匹買ってきているので安くて美味いのがうちの焼き鮭なのだ。
「これもお前が作ったのか?」
 
そう聞くもんだから、俺は麗羅の話をした。
誓って言うが、聞きたいような顔をしたのはあいつの方だ。他意はない。
聞かれたから答えただけなのだ。
 
「うちの麗羅ってのが作ってくれてな」
「レイラ?」
「こいつ、顔可愛いんだよ、ほら、お前も柳生屋敷で会ったことある筈だよ。双子じゃない奴で、ちょっと小柄でニコニコして優しそうなのがいただろ?黙っていると女の子みたいなんだけど、これが結構性格しっかりしててさ~」
「…そいつに作らせたのか」
「作らせたっていうか、今日はあいつ機嫌よくってさ。出かけるなら作ってくれるって言って…あいつ手早いんだよこーいうの得意で。料理うまいしさ」
「ふうん」
 
あれ?とちょっと思ったときにはもうすでに遅く、なんだか奴は不機嫌そうな表情になっている。
「どうかしたか?」
「どうもしない」
「具合でも悪いか?」
「少しな」
顔が赤い気がして熱でもあるのかと額に伸ばそうとした手が邪険に振り払われる。
「それじゃあその麗羅ってのと飯食えばいいじゃねえか」
「は?」
「小柄で可愛いんだろ、そいつでいーじゃねーかよ」
「なんで?お前と出かけるっていうから作ってくれたんだぜ?」
 
訳が分からん。
 
「なんでってのはこっちのセリフだ!」
そのままおむすびを俺に突っ返す。
「腹も痛いのか?」
こんなに美味いおむすびを食べようとしないとは、心配になり俺が声をかけると帰ってきたのは顔面パンチだった。
 
「…オイ」
「うるせえうるせえうるせえ!!」
 
そのまま奴は境内の石段を駆け下りていく。
 
「…なんなんだよ一体!」
追いかけるタイミングを失して、俺はぽかんとしたまま背中を見送った。
全く持って、訳が分からん。
 
 
奴はそれきり境内には帰ってこなかった。それどころかその後連絡も途絶えてしまった。何が悪かったのか、本当に分からない。
 
 
 
 
 
「えー、・・・何でって」
麗羅が縁側で脚をぶらぶらさせながら小首をかしげてみせる。
「そこで僕の話をしたのがまずいんじゃなかったの?話の流れを聞く分には」
「だから、それがなんでだ」
「んー、だってそこで何も僕のこと可愛くて素敵で才能あって魅力的とか言う必要、無いわけじゃない」
「そこまでは褒めていない」
「その子はさ、劉鵬の『トクベツ』になりたいわけなんでしょ」
「…」
「別にどうでもいい人? だったら別に構わないんだけどさ」
「…どうでもいいとは思っていない」
「ちゃんとそう言った?」
妙に鋭いところのある麗羅が上目に俺を見上げる。
「だったら、その子の前で、他の男褒めるようなことしちゃダメなんじゃない?」
「ほ、他の男ったって、お前と俺だぞ?何かあるワケないじゃろーがっ!」
思わずお国訛りが出るくらいには動揺しながら言い返すが、麗羅はすうっと目を細めるだけでそれ以上教えてくれなかった。
 
 
「あとは自分で考えたら? 自力で答えにたどり着かないと、同じこと繰り返しそうだから、敢えて答えは教えてあげない」
 
 
くっそう、なんて性格の悪い奴なんだ。前回可愛いと言ったことは撤回しておこう。料理は確かに上手なんだがな。この際関係ない。
何かわかってんなら教えろよ!と思うのだが、麗羅は麗羅で、一旦決めたことは譲ることは一切しない。
 
 
 
「お前宛だ」
 
霧風が俺宛の手紙を持ってきたのは更に数日後だった。
奴からの連絡かと思って体を起こした俺は、右肩上がりの見慣れない文字に誰だこいつとつぶやいた。
 
夜叉将軍の一人からの手紙には、あいつが最近荒れていることと、責任は俺にあるのでどうにかしろということと、だから今夜道場で決着をつけろという内容のことが書かれていた。
 
「…なんでだ」
 
俺は誰に言うでもなくつぶやくが、勿論返事はどこからも聞こえてこない。
取りあえず、今夜道場に来いというのだから仕方ないだろう。俺は道着を用意しに部屋に向かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 長くなりそうなのでここまでで一回切ります。
 わざわざ伝書鳩くれるのはうちのサイトでは意外と親切なヨウスイだったりするんだろうなやっぱり。
 黒ったら暴れまくって非常に迷惑なことになっております。
 見かねたヨウスイが窮状を訴えたってわけさ。
(20080511)