最初の晩餐
「…好きらしいのだが。」
目の前で青年が難しい顔をしてつぶやいた。
あまりにも真剣な調子で言うので、主語と目的語がわからず、朱羅は小首を
かしげてみた。まあ、この状況から推測するに、主語はこいつ自身なんだろう。
述語は「好き/らしい」。ということは、目的語はテーブルの上の「生春巻き」なん
だろうか。
「そんなに生春巻き好きなら、最後の一個、食っていいぞ。」
親切心でそう答えると、机をばんとたたかれた。
今夜の朱羅の会食の相手は、伊達総司である。
「ち・がーうっ!」
生春巻きじゃなければなんだろう、と朱羅がもう一度考えようとしたときに、
顔を近づけた総司と目があった。黒い瞳の奥に澄んだ光を湛えている。
嫌いじゃない顔立ちだ、と思う。
「第一わたしがなんでわざわざ貴様と二人きりで食事をしていると思ってい
るんだ?」
「そういえばそれもそーだな。」
朱羅が最後の生春巻きを口に入れながら再び首をかしげる。
「お前もアジア料理が食いたかったから、だと思っていた。」
もしくは総司に友達が少なくて暇だったのかもしれない。
総司の携帯が昨晩遅くにいきなり鳴って、出てみると何故か幻夢氷翔剣の
朱羅からで、東京で食事をしたいので夕方までに店を探しておけと一方的に
言われたのだった。ちなみにアジア料理が食べたいというリクエストつきだっ
た。
「…普通、然したる理由も無く男から食事に誘われても、鬱陶しいだけだろ
う。」
「そうか?」
朱羅は仲間たちとの外食をよくするので、別段男ばかりの会食は不思議な
ことではない。
どうしても誰もいなかったら、一人で食うまでのことだが、いかんせん今日は
東京のはずれの出張で、土地勘がなかったので、近くに出てきているときい
ていた総司に連絡を取ったのだ。
「大体なんでわたしのところに電話をかけてきたのだ。」
総司が眉をしかめる。
「ぼくの携帯に番号がはいっていたから。」
「…携帯の番号など、いつ貴様に教えた?」
「こないだの飲み会のとき。2次会のカラオケでお前寝ちゃって、起きてから
教えてくれたじゃんか。」
「…それについても言いたいことがあるんだが。」
「何?」
朱羅が顔をあげる。先日の飲み会というのは前月末のなんとか交流会だか
で、伊達総司は飲み慣れない酒を飲んだために休憩がてらカラオケに行く連
中に同行した。
そして、あろうことか隣に座った朱羅の膝枕で眠り込んでしまったのだった。
「…キス、しただろう。」
温かさが心地よくて、まどろんでいたのだが、ふと目が覚めると何度か唇を
吸われていたのだった。
「合意の上だったでしょ、別に。」
朱羅が笑いを含んだ目でじっとみつめる。
そうだ、あの時も。この目にみつめられて、動けなくなったのだ。
「…嫌だったんなら、つきとばせばよかったんだ。」
「できるわけないだろ、あの状態で。」
カラオケボックスの暗がりの中で、向こうではまだ下手な歌を歌っている奴
らがいる脇で、隠れるように唇をむさぼっていた。
それは変に甘い記憶で。
「ふうん。」
「…なんで、あんなことしたんだよ。」
「なんでって。」
きょとんとして朱羅が顔を上げる。
黙っていれば小柄で、かわいらしい顔立ちで、おとなしい性格に見えないこ
ともない。
「だってぼくの膝の上で、お前随分かわいかったから。」
「『かわいかった』って…。」
総司が顔を覆う。
そんな言葉、人生20数年生きていて、言われたことがない。
「かわいけりゃ触りたくもなるだろ。」
「…お前、誰にでもああいうことするのか?」
「誰にでも、ってわけじゃないケド、誘われたかなーって思ったし。」
「誘ってなどいない!」
「なんだ、そうだったのか。」
朱羅がナシゴレンに匙を突っ込む。見た目よりも結構量を食べる。
「でもお前、ぼくの膝の上でしっかり手まで握って、丸くなって甘えてたじゃ
ないか。」
「あーれーはー、ちょっと夢を見ていて…。」
温かかったのだ。髪を撫でられて、油断をして眠っていたのだ。
「…なんだかなあ、ぐだぐだウルサイなぁ。」
朱羅がとうとう不機嫌な声を出す。
「どうしたいんだよ一体。別にぼくは悪いことしたとは思ってないから謝る気
は無いからな。ただ、なかった事にして欲しいんならそうしてやるよ。」
顔の割に口が悪いとも思う。
「だから、好きになったらしいんだが。」
「誰がナニを?」
「…わたしが! お前をだ!!」
真っ赤になって総司が叫ぶのを聞き届けると、朱羅が世にも魅惑的な笑顔
を作った。
「ふうん。」
言ってしまってから、しまったと思うがもう遅い。
今日も、電話をもらってから随分悩んだのだ。あのキスはなんだったのか、
悩むうちに会った方が早いだろうとは思ったのだが、会ってみるともう駄目だっ
た。
とろけそうになる。
「で、どうしたいの? お前は。」
「…どうもしない。」
「なんだよ、それ。」
「どうもしない。ただ、会ったらはっきり言っておこうと思っただけだ。」
「言ってどうするつもりだったんだよ。」
「けじめだ。言ってすっきりした。これでもう会うこともないだろう。」
「一方的に完結させてんじゃねーよっっ。」
立ち上がろうとした総司の手を朱羅が押さえた。
喧嘩でもするように総司が唇を噛む。
自分でもわからないのだ。
一度だけ会おうと思った。
それで終わりにしようと思って今日は来たのだ。
「―――じゃ、付き合う?」
「…は??!」
朱羅の提案に、総司が間抜けな声を出す。
「言うだけなんてつまらないだろ。」
「いや、あの、その。放っておいてくれればそれで構わないのだが。」
「なんで。」
「放っておいてくれればそれでかまわん! じきにこのような気持ちは無くな
る!」
「あ、そう。それは残念。ぼくは付き合ってあげてもイイと思ったんだけどな。」
「…!」
「ソレ、なくなっちゃって…いいの?」
「……。」
危険だ、と思う。
この男の側に、これ以上いてはいけないと本能がささやいている。
「お前、明日早いの?」
「…昼から。」
「じゃあ、部屋取り直すよ。」
「えっ?」
「ぼく今取ってんのシングルの部屋だからさ、ダブルに変える。」
携帯電話を取り出して、朱羅がボタンを押す。
「は? え? あ、あのっ…。」
短くやりとりしていた朱羅が、ぱちんと電話をきった。
「禁煙室だけど、かまわないよな。」
「っていうか、付き合うってなんだ! 遠距離だし、もともと敵同士だし、なん
ていうか…、そんなに会ってないし、その内2回は命取り合っているし!」
「遠距離なのはしょーがないでしょ。まぁ、今後もぼくこっちには滅多に来る
事ないと思うけど…。それに、敵同士ったって、もう聖剣も無いんだし。」
他にもつっこんだ方がいい事が多々あると思いつつも、朱羅が立ち上がる
のと同時に総司も立ち上がる。
「行くでしょ?」
朱羅がにっこりとほほえみかける。
夜が、始まる。
END.
ダテシュララブリィアワーの昭和みちたか様への差し上げもの(みちたか様が手を入れてくださっています)・・・まったくのスピンオフ作品です。
収録・2009 0627