水晶
しばらくは、誰も動く者はいなかった。
隙だらけで飛び込んだ小龍は、少し痩せた青年の体を抱きしめる。
やや間があって、青年は小龍の背に手を回した。
「項羽…か…?」
ようやく竜魔が口を開く。
劉鵬と、続いて小次郎が駆け寄った。
「項羽!」
「お前、やっぱり生きていたんじゃな!」
劉鵬が涙と鼻水で顔中をくしゃくしゃの洪水にしながら丘の上に登る。
少し遅れて霧風と、そして竜魔が兄弟を囲んだ。
「…すまなかったな」
顔を上げた項羽の顔を見て、全員が一度は言葉を失う。
彼の顔には大きな醜い傷が残されていた。
「白虎とか言ったか」
「夜叉一族だ」
「記憶も飛んでいてな、他の里の者にかくまわれていた」
「どこに」
「九州」
通りすがりの九州の忍びの一族に半死半生の状態で助けられた項羽は、夜叉一族だと思われていたらしい。本人も記憶を一部失った状態だったので、そのまま九州でしばらく暮らしていたという。
「誰かに負けたことだけは確かだったからな。…お前、この間、九州に来ただろ」
「ああ」小龍が顔を上げる。
「その時に、うちの里の姫長がお前を見て、すぐにわかったらしい」
「…そうか」
九州に遠征を決めたのは小龍だった。総帥は手を広げない方がいいと反対したのだが、これからの風魔には必要な任務だと総帥の意見を押し切って小龍自ら乗り込んだのは昨年秋の話である。今考えると、兄弟が呼び合ったのかもしれない。
「苦労をかけた」
項羽がつぶやくように言う。
小龍が兄の胸に顔を埋め、やがてその肩がちいさく震えた。
誰も何も言わない。
項羽がいなくなってから、小龍が人前で涙を見せるのはそれが初めてのことだったのだ。
(20060314)
書いてから発表まで1年もあったのか・・・
小龍は泣くことも自分に許さず、
そういえば風小次は涙の少ない漫画だと改めて思ったものです
(20070315)
2007/03/15(Thu) 19:01