水銀
「ぼくさ、昔から不思議な力とかあるじゃない?」
麗羅が言うと、兜丸は別段不思議でもなんでもなさそうに頷いた。
「そうさな」
「本気で強く強くお願いすると、だいたい叶うんだよね」
「そうかもな」
「でもさ、その代わりの代償がいるんだよね」
「ほう」
麗羅と兜丸は同級生の年長組で、性格はかなり違うのだが、奇妙なことにわりとウマが合う。
「こないださ、あんまりツライから久しぶりにお願いしちゃったんだよね」
「…なにを?」
「あの人があんまり苦しんでいるから」
半分独り言のように麗羅が言う。
兜丸は余計なことを言わない上に口が堅いので打ち明け話の相手には丁度いい。
麗羅の言う『あの人』が誰をさすのか兜丸には見当がついていたが、麗羅が言葉を選ぶまで静かに待つ。話したければ話せばいいし、彼が話したくないことまで聞き出すつもりはない。
ただ、この優しげな風貌のわりに芯の強い友人が自分を信頼してものを話してくれるのは少しばかり心地よいものだと思っている。
「あの人があんまり苦しんでいるから、どうにかしてくださいって」
「それでお前は代償に何を差し出す決心をしたんだ?」
「そのかわりにぼくが選ばれなくてもいいって」
麗羅が長いため息をついた。
そんな表情を彼は他のやつの前では決して見せることはないことも兜丸は知っている。
「・・・ぼくにすりゃいいのになあ」
「そうだな」
「そうだよね、兜丸もそう思うよね」
麗羅がううん、と大きくのびをする。
「この願いも叶っちゃうのかなあ」
軽い調子で麗羅が言うが、言葉ほど思いが軽くないことも兜丸は知っている。
「うまくいかないもんだね」
寂しそうに笑う麗羅は奇麗だと思う。
水銀は地球上でもっとも比重が重い金属。
初めて手に持ったとき、想像しているよりもずっと重くて、息をのんだ記憶があります。
中学校のとき科学部でした実は。
そんな麗羅。
自分のものにならなくてもいいから、と
お祈りしてしまった麗羅。
自分のものにならなくてもいいから、
あの人に笑顔を返してください。
自分はどんなにつらくてもなんとかなりますから。
本当の麗羅は結構な寂しがり屋で、でもその心の隙間を埋めるのは自分ではないことも兜丸は知っている。そうさ、兜丸はなんでも知っているのさ。
(20060308)
up:20060912
2007/02/11(Sun) 00:21