残火

残火


鈍い頭痛がして、小龍はのろのろと体を起こした。
全身が重い。


「…起きた?」


部屋は暗い。思うように体が動かないことを不思議に思いながらも、声の主が麗羅であると見当をつけたので少しばかり安心をして、小龍は再び布団に体を伏せる。

「寝てたのか?俺」
「うん」

襖が開いて、着物姿の麗羅が中に入ってきた。
蝋燭の灯火が一つあるだけで、部屋は薄暗いままだ。

「なにか食べる?」
「…今、何時…」
夕食の時間なら帰らなくてはならない。
体を起こそうとすると、強いめまいに襲われた。

「帰らなくていいよ」
小龍の上半身を支えた麗羅が、耳元でささやく。
目が慣れてくると、いつもの部屋と違うことに気が付いた。
「ここは?」

今日は麗羅に呼ばれて焔屋敷で書類の整理をしていたのだった。
昼食のあと具合が悪くなったので少し横になっただけのつもりだったのだが、すっかり眠ってしまったらしい。

「小龍は始めて来る部屋だよ」
そんな部屋がまだあったのか、と言う前に夜具にそっと寝かされる。
仰向けになると、部屋の四隅に呪符が貼ってあることに気が付いた。
薄暗いのでよくはわからないが、記憶に間違いがなければ焔の封呪で、ということはここは屋敷の地下にあるという座敷牢か。

「…何の真似だ…?麗羅」
「小龍はもう、ここから帰らなくていいんだよ」
麗羅がゆっくりと覆い被さる。
「何を言ってるのか、わからねえ…って、やめろ」
「わかんなくもいいよ」
首筋に唇があてられる。ゾクリとするが、体の自由が利かない。
「小龍はもう、余計なことは考えなくていいんだよ」


「…貴様、薬盛ったな?」
「だって最近ろくに眠ってないでしょ、小龍」
「睡眠薬だけじゃねえだろ」
「筋弛緩剤」
「ふざけんな」
「さすがに毒には慣れてるね、動けるんだ」
胸ぐらをつかもうとした腕が逆につかまれて、紐で後ろ手に縛られる。

「いい子だから抵抗しないで」
「何のマネだ」
「わかってんでしょ」

入ってきた舌を噛むと、麗羅が顔を上げた。
「…いい子にしてって言ってんのに」
「この状態で何言ってやがる」
「薬の量、もう少し増やすべきだったね」
「麗」
「ゾクゾクするな」
にらみつける小龍に、麗羅が嬉しそうにほほえみかける。
「…なに、本気になってんだよ」
小龍の声がわずかに震える。

「わたしはいつだって本気でしたよ」



  麗羅の瞳がうっすら青く光る。
  炎の中心は、いつだってほんの少し暗い。



ふっと、部屋の気温が上がった。
人肌で火傷しそうになることがあるなんて考えたこともなかったのだけれど。



(20060310)

 

 







 項羽がいなくなって2年たとうとしている冬。
                   (20060604)



2006/06/04(Sun) 18:50