残雨
週末だから来るだろうと思って、戸には鍵を掛けずにおいておく。
1時を回った頃に、庭で音がして、霧風は体を起こした。
「…起こした?」
「いいえ」
そっとのぞいたのは小龍だ。
「…また、眠れなかったんですか」
「ん」
小龍はたまに眠れない夜に、こうして霧屋敷にやってくる。遠慮しているらしく、週末にしかくることはないが。
ほんの数時間、体温に安心するのかまどろんでから明るくなる前に自宅に帰る。
「外、雨でしたか」
「少し」小龍の肩が湿り気を帯びている。
たいして言葉は必要ない。
体を求めれば応じてくれるが、
欲しいのはそんなものではなくて。
「…する?」小龍が聞くが、霧風はかぶりを振った。
「少し、眠ってください。いつから眠ってないんですか」
「水曜には眠った」
「…まったく…」
「ごめん」
何に謝っているのか、小龍が鼻の頭を霧風の胸にうずめる。
小さな子供のように、体を丸めて。
外は雨だ。
昼までは強い雨が降っていたのだが、その名残で再び夜半から降り出した様子だった。
「大丈夫ですよ」
額に口づけながら、霧風が何かを言い聞かせるように言う。
「きっと帰ってきます」
「うん」
もう、笑ってくれなくてもいい。霧風は思う。
笑ってくれなくてもかまわない。
壊れていてもいい。
そうだ、壊れていてもかまわないとさえ思う。
強く抱きしめることさえせずに、霧風は雨の音と小龍の寝息を聞いていた。
雨のせいにして、帰らせない方法はないだろうか。そんなことを考えながら。
残雨。大雨のあとに降る小雨。雨の名残。
霧風は小龍を甘やかしてしまいます。
それしか自分にはできないから。
困ったように笑う人で、そんな笑顔が好きだったんだけれど。
もう笑えないのなら、無理に笑うことはないから。
壊れててもいいから、と何かに強く強く願う。
届かなくても。
項羽がいなくなって1年と10ヶ月くらいたった秋。
残・・・扁(がつへん、かばねへん)は肉を削り取られた骨を表し、音を表すサンからなる漢字。
そこなう、傷つける、やぶる、またはそこなわれる。
むごい、ひどい、わるい。
あとにのこる。のこす。また、わずかに残ったもの。あまり。
(up;20060415)
2006/04/16(Sun) 22:27