残菊
小龍がゆっくり壊れている。
麗羅がそう言ったとき、霧風はいやな顔をしたが、否定はしなかった。仕事は今まで以上にこなしているし、相変わらずそつのない笑顔を振りまき、どこがどうというわけではないが、項羽がいなくなってからの小龍が変わったことは彼と親しい人間なら誰もが感じ取っていることだった。
「まいっちゃうよね」 「なにが」 「お前だよ」
麗羅が後ろから小龍を抱きすくめる。
「項羽のふりするの、やめなよ」 「兄貴のふりなんてしていないよ」
小龍は笑うが、先日久々に里を訪れたどこぞの長老が滞在中ずっと彼を項羽と呼び続けた時に、里の者はみなぎょっとしたのだが、当の小龍はそのまま笑顔で通した。 すぐ隣にいた麗羅や霧風はそんな様子を歯がみして見ていたのだったが。
「無理してる」 「してないよ」 「わかるんだって」 「そうかあ」 小龍がのんきな声を出す。
「じゃあ、もっと頑張らなくちゃな」 「頑張らなくていいんだよ、小龍は」
優しい声で麗羅がささやく。
もうそんなに頑張ることないのに。 誰も頑張れだなんて一言も言っていないはずなのに。 今抱きしめているのは自分なのに。
「小龍はもうそんなに頑張らなくていいんだよ」 繰り返して言う。 腕の中の優しい人に届いているのかどうか、わからないのだけれど。
(20060214)
小龍が項羽として生きていこうとしていて、それが周囲には非常につらい。 小龍は小龍、項羽は項羽なのに。 誰もが一生懸命なのに、なんだかかみ合わない。
項羽はいない。 どこにもいない。
(up;20060307)
2006/03/07(Tue) 20:46
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