残照
「あいつの部屋のこと、知っているか?」
劉鵬が眉をしかめ、ほとんど泣きそうな顔で言った。
項羽はよくその顔が見たいといって劉鵬をしつこくからかっていたことを霧風は思い出す。
「…あいつの部屋って誰のことですか」
「小龍の部屋だ、もちろん」 霧風の言葉に、劉鵬が大きなため息をついた。
「小龍、自分の部屋持っていなかったでしょう、確か」
「それがな、このあいだ自由に使うようにと、羽根屋敷で部屋を与えられたそうなんだ」
「…よかったじゃないですか」
項羽がいなくなってから、力を落として老け込むと同時に、輪をかけて気むずかしくなった羽根の御大に代わり、羽根屋敷の中心として働いているのは小龍だった。あれほど仲のよい兄弟はいないと言われるくらいの半身がいなくなったというのに、小龍は人前では涙も見せず、淡々と日々の仕事をこなしていた。まるで、誰にも文句は言わせないぞといわんばかりの仕事ぶりは正直項羽以上のものがある。
霧風にはその姿がかえっていたましくみえるのだが、それは劉鵬も同じらしい。
「…で、部屋がどうしたんですか」
あのだたっぴろい屋敷で他の弟子たちと一緒に寝起きしていたことを考えれば、部屋がもらえたということはそれなりにあの父親に認められたということだろうと思い、霧風が聞いた。
「あいつ、項羽の部屋をそのまんま使うように言われたらしい」
「どういうことですか」
「どうもこうも。俺はぞっとした」
「劉鵬」
「なんと言ったらいいのか…今の羽根屋敷は、とてもよくない」
「…」
「誰だってそう思っているよ」
いつの間にかそばにいて鋭く言い捨てたのは麗羅だった。
小龍が笑わなくなったと、霧風だって感じている。
「笑え」と言っていたのは麗羅だ。
小龍は困ったように顔を歪めて、でもそれは、かつて霧風がいつまでも見ていたいと思っていた笑顔ではなくて。
でも、それは他人がどうこうできる問題ではない。
笑えと頼み込んだとしても、あの笑顔が戻ってこないのならば。
小龍が自分自身で、乗り越えないといけないラインなのだ。
「ああもう、ほんっとにむかつくな」 麗羅が天を仰ぐ。
「いっそ全部燃やしちゃおうか」
沈もうとする太陽の最後の光が麗羅の瞳を赤く染めている。
いつかすべてを燃やしたくなる日がくるような予感が、霧風にもあった。
(20060215)
風魔の小次郎って、あまり涙がない漫画ですよね。
小龍は項羽がいなくなって、どこで涙を流したのだろうか。
そんなことを考えながら。
(up:20060220)
2006/02/20(Mon) 01:48