3の巻 蘇芳
「…最近、項羽が元気がない」
劉鵬が深刻そうなため息をついた。
「そうか?」
正直に言えばあまり興味がなくて、霧風はきわめていい加減な返事をした。
それというのも客観的に見て、項羽に元気がないとはとうてい思えなかったからだ。
どちらかといえば師範たちを困らせる事に関しては、現在の項羽は悪魔のように絶好調だった。
事実、先日も見習実習生を続けて二人も追い出したところである。
悪ふざけにしては度が過ぎる事を、項羽は平然とした顔でやってのける。
「だから、その時点でもう、項羽としちゃ本調子じゃないわけだよ」
劉鵬が一生懸命訴えるが、やはり霧風にはあまり興味がない。
「本来なら、最初の女の先生を辞めない程度にうまいことねちっこくからかうだろ。それが今回は二人も辞めるまで悪ふざけしてたじゃねえか」
「それが項羽の趣味なら、しかたないでしょう」
「だーかーらー!別に悪ふざけはヤツの趣味じゃないんだって!アレはあれで項羽がストレス溜まっている証拠なんだって!」
「…まあ、百歩譲って、それらが項羽のストレス解消法だとして、」
霧風がこめかみを押さえながら言葉をつなぐ。
「で、その原因は一体なんだっていうんですか」
「項羽の弟がさ、遠くに里子に出されるらしいんだよ」
劉鵬がごく真面目な顔で言った。
「…項羽の弟が?」
「お前も前に会ったことあるだろ?影の御披露目の。見たことあるってだけだと思うけどな」
「……」
霧風は昔、初雪が積った朝のことを覚えていたが、劉鵬が覚えていないようなので特に言葉をさしはさむ事はしない。
「その弟の方がさ、今度遠くに里子に出されることになったらしくてさ」
「…え」
「あいつ、あれで結構、弟と仲がよくてさ。っていうか、ああいうヤツだから、弟くらいしか家じゃ気を許せるのがいないんだな。なのにその弟が、里子に出されるっていうんで、かなり荒れているんだよ」
「いや、項羽はいいけど、小…弟さんの話、本当」
「まあな」
劉鵬が首を左右に振った。
「先代の羽根の弟筋にあたる家らしくてさ、男の子がいないんだそうだ。それなら弟の方を差し上げましょうってことになったらしい。項羽は寸前まで一切話を聞かされていなかったものだから、親父様と大喧嘩さ」
「…」
霧風は劉鵬の話を途中で切り上げて立ち上がった。
「あ、おい、霧!」
「項羽のお友達かしら?」
霧風を頭からつま先まで眺めたあと、女性が聞いた。身なりと態度から推し量るにこれが羽根屋敷の奥方であろう。霧風は直感的に自分が値踏みされたことを感じる。青白い顔の、奇麗な女性だったが、息子たちにはあまり似ていないようだ。
「いえ、小龍の」
「あの子は今、おりません」
女性は短く言うと、扉を閉ざした。
あの家は好きになれない、と霧風は帰り道でそう思った。
「何見ているの」
もしかしてそこにいるような気がして登った高台の上で、ひざを抱えている少年を見つけたのは少し後のことだった。
「…別に」
振り返りもせずに少年は沈む夕日を眺めている。
霧風は隣に座った。
「…遠くに、行くんだって?」
「まあね」
そのまま、会話もなく、霧風は少年と二人きりで夕日を眺め続けた。
やがて、少年がぽつりとつぶやいた。
「子供は、つまんねえな」
「…そうですね」 霧風が答える。
太陽が沈みきると、少年はよいしょ、と立ち上がった。
「帰らなきゃいけねえや」
「そうですか」
言いながら、あの冷たい家に帰ってどうなるわけでもないのに、と霧風は考えていた。いつか父親が言っていたように、霧屋敷に連れて帰るわけにはいかないのだろうか。
それきりしばらく霧風は少年に会っていない。
彼と再会するのは2年の後になる。
小龍亭設定ですが、小龍が里子に出されます。
青羽叔父さんのとこで風魔の里よりはのびのびと。
それほど不幸でもない二年間を過ごします。
後に項羽が2年間いなくなる伏線でもあるんですが。
「雪下」「白つるばみ」に続くシリーズ3つ目。「蘇芳(すおう)」も重ね色目の一つ。羽根屋敷の奥様は羽根の御大の後妻で、羽根兄弟とは血のつながりはありません。項羽のことは嗣子としてかわいがっているものの、小龍のことはどうも下男の子くらいにしか思っていない様子です。
いやーん久しぶりの新作ですいませんお待たせしましたです=3
なんというか、実写に見入ってました。あれはいいと思うの。若いってすばらしいぜブラボー
2008/02/25(Mon) 22:50