雪下 (ゆきのした) 二人の出会いの話。
真っ白な銀世界が広がっている。
「先客がいるようだ」
劉鵬がノンキな声を出した。
「どうする?霧風」
枝の隙間から霧風が覗き込むと、まだ朝早いというのに広場には幾人かの子どもたちが既に雪合戦をして遊んでいる様子が見えた。
「昨晩から降り始めたからな、雪。子どもたちの方が一足早かったというところか…なんだ、何笑ってんだよ、霧風」
「いや、子どもたち、と言ってもそれほど私たちと年は変わらないだろう」
「ま、それはそうだけどな」
劉鵬が大柄な体をすくませる。
彼は年相応に見られたことがなく、いつも年より上に見られてしまうのだ。言動も大人びている――というより、おやじくさい言い回しをすることがあったので、霧風はつい吹き出したのだった。
眼下には紅軍と白軍に分かれた子どもたちが、無邪気に遊んでいる。
一見無作為に遊んでいるようだったが、一人の少年が指揮をとっているらしく、統率のとれた遊び方をしていることがじきに見て取れた。
「あの一番よく動くのは誰かな。…劉鵬、わかるか?」
「ここからじゃよく見えない」
「…小次郎か?」
「小次郎がこんな朝早くに起きているものか」
劉鵬が笑う。彼らの弟分である小次郎は、元気がよすぎるくらいの少年だが、朝にはめっぽう弱い。さらに今朝のような寒い朝なら尚更で、小次郎を布団から出すために風魔の本陣では毎朝一騒動起こるのだった。
「少し近づくか?霧風」
「うむ。そうしよう」
霧風が肯くと、劉鵬はよっこいせ、と立ち上がった。
「…どの組だ、あれは」
「ああ、多分1個下の学年だな」
「なんでわかる」
霧風が聞くと、劉鵬は遠くを見るために細めた目を幾度かしばたいた。
「項羽の弟がいる」
もともと久しぶりの雪に、昨晩のうちから早朝練習をしようと言い出したのは霧風だった。
霧を扱う一族の出である霧風は、氷点下の中でも霧を使いこなす事が出来るかどうかの練習をしたいと思って劉鵬を呼び出したのだった。朝早いことを厭わない劉鵬は二つ返事で了承してくれたので、二人は早朝から広場にやってきたところだったのだ。
「項羽の弟?」
「ああ、多分そうだ。あの紺色のマフラーを巻いている…ほら、今左に飛んだ…」
劉鵬が指さしたのは、先ほど霧風が小次郎かな、と一瞬思った少年だった。他の子どもたちと較べて、動きが一回り速い。誰も動きについていけないことが遠くからでもよくわかった。
項羽といえば羽根の一族の嗣子だ。気の強い才気走った少年で、霧風はそう親しい方ではなかったが、おっとりとした劉鵬とは馬が合うらしく、一緒にいることが多い。
「…項羽にはあまり似ていないようだな」
「俺も、弟の方はよくは知らん」
「…気づかれたみたいだ」
雪合戦に興じていた少年達が木の上から見ている二人に気がついたらしく、リーダーの少年に声をかけている。リーダーの少年はもうずっと前から二人には気がついていた、という表情で二人を仰ぎ見た。
少年たちがリーダーに何か口早に相談しているが、強い瞳の少年は、まっすぐ樹上の二人を見上げて、にやりと笑ってみせた。
――まさか、いい年をして、俺たちを追い出しはしないでしょうね。
「まいったな」
先に口を開いたのは劉鵬だった。
「ああいう顔されちゃ、まさか乗り込むわけにはいかねえな、霧風。場所を替えよう。…それともあの雪合戦に混ざるか?」
「そうだな」
もう少し子どもたちの雪合戦を見ていたい、とも思ったが霧風も腰をあげることにした。
「まあ、…あの中に混ざるってわけにもいかないだろうしな」
もう、自分たちはあの中に混ざることはできないのだ、と胸に小さなうずきを感じながら二人は立ちあがった。
ばさり、と重みで雪が枝から落ちる。
真っ白な銀世界に子どもの声が響いていた。
(雪ノ下) up:20051231
時間軸としては、霧小で一番最初にあたるお話。
シリーズとしては一番最初の物語にするつもりで書いた話でした。
雪ノ下は重ね色目といって、冬の着物の色あわせの名前。
霧風はこれが小龍を初めて見た印象。
小龍の方では全く意識していません。
2005/12/31(Sat) 22:57