風車 (八忍選出編 1)
「聞いたか?例の話」
声をひそめたのは劉鵬だ。
「何のことですか」
外でのことだったので、風の音に劉鵬の声がかき消されそうになる。
霧風が耳に手をあてて聞き返すと、劉鵬に袖を引っ張られて皆から離れたところに連れて行かれた。
「新しい八忍を春に選出するつもりらしい」
「春って、この春にですか」
「ああ。まだ一部での話だがな」
「…早すぎませんか」
「そうか?俺たちにはちょうどいいタイミングでラッキーだと思うんだが」
俺たちには、と劉鵬が強調する。
確かに、霧風たちの学年にはちょうどいい。
「早すぎます」
霧風が慎重につぶやいた。
「本陣の小次郎だってまだ幼い。何故このタイミングで」
「それはあれだろう、秋に空蝉さまが亡くなったし、うちの爺様も高齢だ」
空蝉さまと劉鵬が呼ぶのは風魔の長老の一人だ。
歴戦の勇者だったが、先日眠るように穏やかにその生涯を閉じられた。
「これで総帥が押しも押されもせぬ唯一無二の風魔の指導者になる。八忍は高齢化が進んでいるからな。今のうちに子飼いの新世代を選んでおこうという腹積もりなのだろうよ」
「しかし、何も今じゃなくても…せめて、もう一年か二年」
現在の風魔の八忍は五名、本陣の総帥、羽根の御大、劉鵬の祖父、麗羅の祖母にあたる焔屋敷の紅蓮女さま、そして最年少が霧風の父親である。確かに現役で前線に立つのは総帥を別にすればこのうち羽根屋敷の主人と、霧風の父親くらいでしかない。
「いやに渋るな、霧風。俺はお前がもっと喜ぶかと思ったのだけれど」
「素直には喜べません」
「まあ、お前と項羽は当確だろう。焔屋敷は麗羅か、上の姉貴様か」
「貴方もまず間違いなく選出でしょうね」
霧風が指を折って数える。本陣の小次郎がまだ幼いことを考えると、本陣からは竜魔が八忍に選出されるだろう。これで五人。それぞれ先代の八忍が後ろ盾に付くことができるし、間違いはない線だろう。
「あと三人ですか」
「空蝉さまの跡継ぎ筋で、兜丸かな。あいつはあれで器用だし」
「あとは…」
「集団を動かすなら、林彪だろう。人望もある」
「そうですね」
林彪・兜丸は個人的な戦力よりも、軍師的な存在として最近力を認められている。
「もう一人だな。めぼしいのは上がったから、もう一個下の学年にいくか」
「下というと?」
「道場の雷炎あたりが有望なんじゃねえのかな」
「ライエン?」
「あの学年の中じゃ、項羽の弟とタメ張れてんの雷炎だけだろう」
「…項羽の弟は駄目なんですか?」
霧風が尋ねると、劉鵬は大げさにかぶりを振った。
「駄目も何も。項羽の弟は最初から数に入ってねえって」
当然のように言う劉鵬に悪気はもちろんないのだけれど。
誰かが忘れておいた風車が庭の片隅でくるくると回っている。
(20070504)
2007/05/04(Fri) 16:52