柊木 (ひいらぎ)
これをもっておゆき、と言って女主人が差し出したのはひとふりの枝であった。
小太郎は首をかしげる。
「柊だよ。知らないのかい」
焔屋敷の女主人はやがて風魔の総帥になる青年に笑顔を向けた。
「じきに西洋のお祭りだろう。これで玄関に飾りでもつくるがいい」
ようやく合点がいった小太郎が顔を上げた。節分の時に、鰯の頭と共に飾る植物だ。彼はあまり植物の名前に明るくない。
「クリスマスの飾りに、というわけですか」
「子どもはみんなクリスマスが好きなものだよ」
そんなものだろうか、と小太郎は再び首をかしげる。
もっとも、彼はそろそろ子どもと呼ばれる年齢でもないのだったが。
「ほら、気を付けないと、棘に指を刺すよ」
女主人が言い終わる前に、柊の鋭い葉のふちが、小太郎の指を刺した。
小太郎が眉を寄せる。
「大丈夫かい」
「・・・たいしたことはありませんゆえ」
「柊の葉に、棘があるのは若い証拠でね」
言いながら女主人は焔屋敷の庭に出る。
焔屋敷の主人は歴代庭の手入れが趣味で、粋を凝らした日本庭園が広がっている。
「ほら、これが柊だ」
小太郎は彼女の示した植木を覗くが、つややかな葉には特徴的な縁の棘がついていなかった。不思議そうな顔をした小太郎に、女主人がふっくらとした笑いを向けた。
「老木になるとね、柊はなめらかな葉になるのがあるんだよ」
「・・・知りませんでした」
「あんたは昔から薬草学をサボっていたからねえ」
小太郎がそっと棘のない丸い柊の葉を撫でてみる。
「いつかは人間も」
紅蓮の鬼と呼ばれた風魔の女忍者が目を細める。
彼女の夫は数年前に亡くなった。二人居た息子も両方亡くしていて、今は最後に残った娘が婿を取って焔屋敷を継いでいる。
「いつかは人間も、こうやって棘がなくなっていくんだろうねえ」
西洋で神の子と呼ばれる人の誕生日が近づいている。
全ての人の上に祝福が降りてくるのはいつのことなんだろうか。
華やかな音楽が聞こえると、小太郎はいつもそんなことを思いながら、女主人の示したまるい柊の葉を思い出すのだった。
青年時代の総帥(小太郎)と、八忍の一人である焔屋敷の女主人・焔路さま(麗羅の祖母)のお話。
もうこのころは焔路さまは孫にも恵まれて一線を退いております。
ヒイラギは木犀科の常緑樹。クリスマスのリースに使われるトゲのあるつややかな葉っぱと言えば皆様「ああ、あれか」と思われるかと。木へんに冬とかいて、ひいらぎ。
語源は「疼ぎ(ひいらぎ)」=痛むの意味。
中には一本の木の中でも棘がある葉とない葉を共生するものもあるそうです。
メリークリスマス、よい年をお迎えください。
(20061201 up:20061217)
2006/12/17(Sun) 10:38