八手 (ヤツデ)
風魔の総帥となってからしばらく経つと、彼の事を名前で呼ぶ者はどんどん少なくなっていく。仕方のないこととはいえ、時々足下から冷たい風が吹くような、そんな寂しいものを感じるのもまた真実であった。
「小太郎」
穏やかな声は焔屋敷の主人のものだった。
先日長老だった八忍の一人が亡くなり、現在の八忍も四人になった。現総帥の任に就く本陣の小太郎、羽根屋敷の主と霧屋敷の主人、そして最後の一人が戦前からの唯一の生き残りである焔屋敷の女主人であった。
「あたしが引退すれば、新八忍選出がすんなりといくのじゃろう。構わんよ。あたしもそろそろ引き時だと思っておったからのう」
「申し訳ない」
風魔総帥が頭を下げるのは、現在となってはこの女長老だけである。
「子どもたちはまだ若く・・・時期尚早の気もするが・・・今なら我々もまだ体が動くからの。よいじゃろう」
「はい」
「それに、我々はあの風の子・・・小次郎を育てねばなるまいし」
「・・・はい」
「風がまた、吹くか・・・」
「焔路さま」
小太郎が風魔最後の、最強と呼ばれたくのいちの名前を口にする。
今となっては、彼女の真の名を知る者の方が少ないはずだった。
老女は黙って目を細め、しばらく虚空を見てからポツリとつぶやいた。
「焔屋敷からは麗羅を出すよ」
「・・・來羅ではないのですか」
小太郎が焔屋敷の長姉の名を挙げる。
現在の焔屋敷では、発火能力を持つ特殊能力者は長姉の來羅と、末子の長男・麗羅の二人がいる。能力は同等であるが、炎属性の割におっとりした末っ子に比べて、長姉は女だてらにしっかりした性格で、女系の焔屋敷なら長姉が跡継ぎに指名されても不思議ではなかったのである。
「女にはつらすぎる役目さね」
老女がほほえむ。
そのことばの中にすべての想いが込められていることを感じ、小太郎は何も言えずに頭を垂れた。
空の高いところで鷹の鳴く声がする。
(20061201)
オリキャラです。焔屋敷です。
焔路(えんじ)さまは麗羅の祖母にあたります。風魔最後のくのいちの一人。
総帥の本名が小太郎という設定は名門RKBのnikaさまの設定からいただいてきました。無断借用なのでここでこっそりと白状します。小次郎のあんちゃんだから小太郎でございます。あい。
八手(ヤツデ)はウコギ科の常緑低木。葉が八つに分かれているところからこの名前があるといいます。冬の季語。
八忍選出編の伏線です。八忍ってどんな基準で選ばれているのかなあとか思ったので、そんな話。
こちらの話は当初書いたときにちょうど50話目でした。 (up;20061208)
2006/12/09(Sat) 13:02