蓑虫
「なんですかその気持ち悪い生き物は」 霧風が眉をひそめると、小龍と一緒にガラス瓶の中の生き物を眺めていた小次郎がわが意を得たりといわんばかりの表情でにんまりと笑った。さっき女子たちが騒いでいたのは、小次郎がこの生き物を振り回していたせいだと合点がいく。 「霧風はなんだと思う?」 「…芋虫じゃないんですか」 「秋に芋虫はいないだろー」小次郎が愉快そうに答えた。 瓶の中には薄い色をした裸の幼虫が、色とりどりの広告や折り紙の切れ端の中に入れられている。 芋虫にしては小さく、よく見れば薄い毛が生えている。
「降参です。なんですかこれは」 「蓑虫」すぐそばに立っていた小龍が短く答える。 「みのむし?」
「理科でやったんだよ。こうしておくと、この色紙で蓑を作るんだって先生が言ってた。面白そうだなあって思ってたら小龍が捕まえてきてくれたんだ」 「で、もとの蓑を壊して、本体だけ取り出したんですか?」 「うん。小龍がやってくれた」 「かわいそうなことを」 まだ不気味なものを見るような目をしたまま霧風がつぶやいた。
「蓑虫は『鬼の子』とも言われていてな」 小龍が霧風の方を見ずに言う。 「鬼の子?」
ガラス瓶の中の虫は、小さく蠢いていたが、ようやく何か悟った様子で新しい蓑をつくるべく材料になりそうな紙を物色し始めた。
「蓑虫は蓑蛾の幼虫なんだけど、親に似ていないから、蓑ひとつで捨てられたんだっていう話があるんだ。だから夏になると『父よ父よ』と鳴くんだってさ」 「蓑虫は鳴かないでしょう」
霧風が言うと、小龍が小次郎の前からガラス瓶を取り上げて軽くゆすった。 虫が手にした色紙を落とす。
「昔の本にそーいうのがあるんだよ。親に捨てられたくせに、こいつは親を恋しがって鳴くんだそうだ」
不恰好な鬼の子は、ガラス瓶の中でぶさまに転がった。 それを淡々と眺める小龍の横顔を、霧風は初めて会う人をみるような心地で眺めている。
昔の本ってのは枕草子第四十段「虫は」。 平安時代の頃は蓑虫が鳴くと信じられていたそうです。 実際は、蛾になるのは雄だけで、雌は芋虫の形のまま成虫になります。 虫愛ずる姫君なんてのも虫つながりの古典で好きな話。
小龍はもしかしてどっか根本的に寂しすぎて壊れているんじゃないかと最近思い始めたんですがどうですかね。妄想しすぎでしょうか。そんな小龍に居場所をつくれるのかどうかが霧風の勝負所ではないかと。ええ、本気で思っています。小龍と父親の確執は羽根一族設定で。
(20060201)up;20061117
2006/11/17(Fri) 12:17
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