野分
食事の後で宿題に取りかかろうとして椅子に座ると、目の前のガラス戸が小さく音を立てた。最初は気のせいかと思ったのだが、続けて2回ほど音が鳴る。
「・・・栗鼠か、お前は」
小龍がガラス戸を開けると、生け垣の外から小次郎がドングリか何かの小さな木の実をガラス戸に投げている姿が見えた。
「早く出てこいよー。遊ぼうぜ、小龍」
「・・・何もこんな日に」
「こんな日だからじゃん、ほら早く早く」
「一人でグラウンドでも走ってこいよ」
「えーえーえーえー」
「・・・ったく、しょうがねえなあ」
結局折れた小龍がそのままひらりと窓から飛び出す。
外は強い風だ。台風が近づいているのだ。
そういえば、小龍の父親はこの時期の強い風を古風に野分と呼ぶ。
数日前に海で生まれた台風は日本に上陸し、珍しく風魔の里にまで大風を起こしているのだった。
「雨はまだ降らないのかな」
「あんちゃんが膝が痛いって言ってねーから、まだだと思う」
「夕方には通過するんだろう」
総帥は気圧が下がると昔痛めた膝が痛むのだという。
そんな話を小龍も聞いたことがあった。
「どこ行く?」
風に顔を向けて、髪と服をはためかせながら、小次郎が聞く。
決めてなかったのかよ、と小龍は半分あきれたような声を出したが、小次郎は聞いていない。どこといっても、風さえあればこいつは満足なんだろうと思い、小龍は小さく笑った。
「そうだな、丘の方に行くか。あそこなら風の流れがよく見えるしな。・・・どっちが先に着くか、競争な」
小龍が言いながら駆け出す。
「あっ!ずるいぞ、追いてくなよ!」
小次郎もその後ろを風になって追っていく。
風が吹く。
心がざわめく。
(20060919 up:060923秋分の日)
野分・・・野を吹き分ける秋の風。昔は台風という言葉がなかったので(台風って比較的最近の言葉なんですって)、台風のことも含め、秋の強風はすべて野分と言っていたようでした。現代では、雨を伴わない野を吹きさらす疾風のことをさすことが多いようです。
SS「台風」の裏番組。
小次郎と遊びに行ってしまった小龍にちょっと焼き餅やいた項羽は小龍の分のおやつを食べちゃったのでした。
書いた頃は台風14号が来ていました。住んでいるとこでも大風です。
あたしも風が好きな子で、大風の日はもれなく飛び出していっていました。
今考えるとよく怪我ひとつしなかったもんですよ。
2006/09/24(Sun) 12:26