鷺草
「ぼっちゃま、花が咲きましたよ」
お手伝いの露が食後のお茶をいれながらふと思い出したように言った。
「咲いたって、何が」
任務あけの霧風がぼんやりとした声で返事をする。
露は明るい声で笑った。
「お忘れですか。花が咲いたら必ずお教えするようにと、あれだけ露に念をおされていらしたのに」
しばらくして露が持ってきたのは、青磁の鉢に植えられた鷺草だった。
先日、小龍が遊びにきたおりに、葉だけの鉢を見て鷺草だと言い当てた鉢である。小鉢に山草などを植えるのは霧風の父親の趣味だった。花の名前などにあまり興味のない霧風は小龍の指摘に軽く驚いたのだが、そういえば薬草学でも小龍は常に上位成績者であった。
「なんで、花の名前なんか知っているんですか」
「なんでっ、て。うちにもあるし」
きょとんとして逆に小龍が不思議そうな顔をする。
「小鳥の羽根のような花が咲くんだよ」
小龍が楽しそうに艶のある葉に触れた。
「神様がいるとして、なんでこんな形の花をお作りになったのか、この花を見ると不思議に思う」
「…へえ」
穏やかにものを話すときの小龍の声が好きだと思う。
神様がいるとして、どうして世界でたった一つの花が咲き、世界でたった一人の人がいるのだろうか。
複雑な形の花弁を指でなぞりながら、我知らず霧風は微笑していた。
(2005/0721) 霧のぼっちゃま、思い出し笑い。お露さんは霧の御仁に使えるお手伝いさんですが実はなかなかの腕前のくのいちです。
2008/12/30(Tue) 18:20