金魚
「起きていて大丈夫なの」
上半身を起こして本を読んでいた霧風のもとに客人があるという知らせが入り、襖を開けて顔を出したのは小龍だった。
「貴方こそ、みんなでお祭りだったんじゃなかったんですか」
「熱中症で具合悪くなったって聞いたから」
「おかげさまで、もうずいぶんいいです」
「そう。それはよかった」
小龍が霧風の布団の横に座る。
「お祭りくらい、来ればよかったのに」
「そうでしたね」
小龍は祭りの会場から直接寄ったのだろうか、浴衣姿のままだ。
ほのかに白檀の混ざった汗の香りがする。
「どうでしたか」
「どうって、別に。そうだな。竜魔が何かしようとしたみたいで、小次郎が大騒ぎしてたけど」
「何かって…」
「境内の暗がりで、調子に乗ったらしい」
「あそこも進展しませんねえ」
「うん」
他愛もない話を少しして、小龍が立ち上がった。
「そうだ、これ」
「なんですか」
「土産」
どこに隠しもっていたのか、金魚の入った袋を取り出す。
「金魚すくい?」
かわいらしい金魚と身長の伸びた小龍とは何か不釣り合いで、霧風は優しくほほえんだ。
「うん」
「いただけるんですか」
「お前の家なら庭の池もあるし」
「そうですね」
袋の中には赤と黒の金魚が一対泳いでいた。必死でヒレを動かす様子が愛らしい。
「急に水温の違う場所に移すと、金魚は驚きますから、明日にでも金魚鉢に移しますよ」
「すぐ死んだりしないかな」
心配そうに小龍が言う。
「大丈夫ですよ」
霧風は笑顔を作った。小龍に寂しそうな顔をして欲しくなかった。
「俺、屋台の金魚とかウサギとかって、すぐ死ぬから嫌なんだよ、本当は」
「でも、羽根屋敷の鶏はもともとお祭りで買ってきたひよこだと聞いていますが」
「あー、あれは育った…」
「ほら。ちゃんと生き抜くのもいるんですよ。うちの池の一番大きいフナ、いるでしょう?」
「こないだ小次郎が釣ろうとして霧の御仁に怒られたヤツ?」
「そうそう。あれは、ここだけの話、実は…」
「…実は?」
「父が子どもの頃金魚すくいで掬ってきたやつなんです」
「あれはどう見てもフナだろう!」
「最初は金魚だったらしいんですけどね」
「絶対おかしい」
小龍が笑う。
月が昇ってきていた。
こんな優しい時間が少しでも長く続けばいいのにと思う。
(20060810)
金魚すくいで掬ってきたキンギョが、なぜか7年がかりで巨大な鯉(のようなフナ)になったことがあります。こばやしさん家の7不思議のうちの一つです。
霧屋敷のフナ、何年生きているんだろう…。
(up:20060818)
2006/08/18(Fri) 12:43