惜春 (せきしゅん)
桜の花の香りがする。
花はもう散っているので、母の好む香水の香りだろうと霧風は思う。
「なんだか、眠い」
「春眠暁を覚えず、ですね」
霧風が笑うのと小龍があくびをしたのは同時だった。
「そっち行っても、いい?」
「どうぞ」
縁側で霧風は暖かな光を浴びながら本を読んでいたのだが、小龍は机の上に広げていた勉強に飽きたらしく、畳の上を這って霧風の近くまでやってきた。
「猫みたい」
「うるせ」
そのままぱたりと、霧風の膝の上に頭を落とす。
「…重い」
「…眠い」
会話になっていません、と言おうとして、霧風はすでに小龍が寝息を立て始めていることに気がついた。小龍が毎晩遅くまで上忍試験のための勉強にいそしんでいることを霧風は知っている。合格することは間違いないのだが、彼にはどの教科も満点に近い成績を修めることが要求されている。
上忍試験に合格すると、学生の身分であっても、その立場は大人と同じ扱いになる。
小龍はまだ期間があるのだが、項羽の関係もあって、飛び級試験を受けることになっていた。
春が、そろそろ終る。
上忍になれば、それなりの仕事も責任も負うことになり、いつでも気軽に霧屋敷に顔をだすというわけにはいかなくなるかもしれない。
小さくため息をつく。
春が、そろそろ終る。
(051212)
四季題「春」より、惜春。
up:060513
2006/05/13(Sat) 13:51