蜜柑

蜜柑

柑橘類の独特の芳香で目が覚める。
枕元で編み物をしていた母親が、蜜柑を剥いたらしい。

「よく眠っていたわ」

薬がきいていたようね、と母親が息子の顔をのぞき込む。
珍しく熱が出た霧風は昨日から薬を飲んで横になっている。

「うちに蜜柑なんてありましたっけ」

自分が眠っているうちに買い物にでも行ったのだろうかと思って霧風が尋ねると、母親が微笑んだ。

「夕方に小龍ちゃんがお見舞いに持って来てくれたのよ。貴方ぐっすりだったから気がつかなかったみたいだけれど」
「…いつ」
「五時少し前だったかしら。半には剣道があるって帰ったから、一時間もいなかったと思うけれど。喉渇いているでしょう。貴方昔から扁桃腺腫らすから。お蜜柑、食べる?」


 上半身を起こすとまだくらくらする。
 薬を飲んで寝込むのは久しぶりだ。
 子どもの頃のように、母親が息子の額に手を当てた。


「熱は下がったようね。小龍ちゃんにも気がつかないなんて、本当によく眠っていたんだわ」

 確かに熱は下がったようだったし、関節の痛みも引いていた。
 喉にはまだ鈍い痛みが残っている。小さく咳き込んだ。

「起きられるなら、汗かいているんでしょうから着替えなさい。ここに寝巻を置いておくから」
「…さっき着替えさせてくれたの、母さまでしたか?」

ひんやりした蜜柑を手に乗せ、恐る恐る聞くと案の定母親がいたずらそうに笑った。

「何甘えたこと言ってんの、大きな体して。さっき言ったでしょ、小龍ちゃんが来てくれたって」

「…てっきり母さまだとばかり…」
「そうだったようね」

「…何か言ってませんでしたか」
「別に何も?」
母親が何かを含んだように笑う。

「…冗談でしょう…」
「どうかしらねえ」
 
また熱が出てきそうだ、と霧風が顔を覆う。
部屋には蜜柑の香りが広がっている。








 


    

 翌日登校、霧は顔が正視できない方向で。体預けて着替えさせてもらったらしいよ。それは恥ずかしい!「ええーと、あの、その」
 こばやし、大人なのに珍しく風邪で寝込みました。みなさまお見舞いありがとうございますってことで、こんな話に。
 風邪シリーズ、霧風編「風邪」「蜜柑」でした。
 風邪っぴきシリーズ、続きます。




(20060207)

   up:20050314 ホワイトデーですね。




2006/03/14(Tue) 09:53