風邪 「小母さま、これ」 小龍が差し出したのが息子の寝巻だったので、狭霧は頓狂な声を出した。 「あらあら」 「汗かいているようだったから、着替えさせておきました」 「まあまあ、あの子ったら、ぐっすり?」 「俺のこと、小母さまだと思い込んでいたみたいで」 「ごめんなさいねえ、あらあらまあまあ」 狭霧が汗で湿った息子の浴衣を受け取る。随分大きくなった息子なのだが、金曜の午後に具合が悪いと学校から早めに帰ってきたかと思うと、みるみるうちに熱が上がり、そのまま寝込んでしまったのだ。 診療所に寄ってきたからと、いくつかの錠剤を飲んでいた様子だったが、いまだに昏々と眠り続けている。土曜の夕方に息子の友人が見舞いに来てくれたので、息子の眠る部屋に通して30分ほど経ったところだったのだ。 「小龍ちゃん、おなかすいていない?よければお夕食一緒にどう?」 「このあと剣道なんです。走っていけばまだ間に合うので」 「あら、道場なんてサボってしまいなさいよ。小母さまとお茶しましょう」 「大会が近いんです。霧風が今日休む分、俺たちがやらないと」 「あらあら」 目元のしっかりした少年は礼儀正しい羽根屋敷の次男坊で、もともと友人をあまり作りたがらない傾向のある息子が気を許しているほとんど唯一の友人だ。 年の離れた弟が、生きていればこのくらいだったのにと狭霧はときどき思う。 「じゃあ、これ、お見舞いの品です。皆様で召し上がってください」 「なんだか気を使ってもらっちゃって、悪いわねえ」 「庭で取れた蜜柑ですから、どうかお気になさらずに。今年のうちの蜜柑は甘いですよ」 「そう、それじゃいただくわね」 狭霧が蜜柑の入った紙袋を受け取ると、羽根の次男坊は一礼してくるりと背を向けて走り出した。風の里の子どもがたいていそうであるように、少年は後ろを振り返らない。姿はすぐに見えなくなった。 「あの子、うちの子になってくれないかしら」 狭霧が蜜柑の袋をかさかさ言わせながらつぶやいてみる。
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