林檎
「相変わらず広い庭ですね」
落ち葉を踏んで霧風が玄関から庭に回ってきた。焔屋敷の若主人は縁側に腰掛けて猫と戯れている。
「わざわざご足労いただいて、悪かったね」
「いえ、こちらこそ忙しい中、自宅まで押しかけて」
珍しく和服姿の麗羅が霧風を見上げてにっこりと笑う。この柔らかな笑顔にだまされると痛い目に遭うことは霧風には先刻承知のことだった。
焔屋敷と呼ばれる南の屋敷は日当たりのよい広い庭が自慢で、麗羅の父親が凝るほうだったものだから、日本中の名石や奇石などが空間を楽しむように置かれている。
「姫林檎ですか」
「可愛いでしょ。妹が生まれたときに植えた木なんだ」
立ち上がった麗羅が無造作に紅い木の実をむしりとったが、手のひらで数回転がすと興味がないように小さな紅い実を放り投げた。
小さい林檎は見た目に反して渋みが強く、食べるのには向かないものの、可憐な姿で庭を楽しませる。
「食べられるのはこっち。一個あげるよ」
縁側に出していた籠から大きな林檎をひとつ取ると、麗羅が霧風に投げ渡す。
「長野から送ってきたんだ。そのままで食べられるよ」
素直に受け取ったものの、まさか人の庭先でかぶりつくわけにもいかず林檎を持ったままでためらう霧風を見て、麗羅が笑った。
「その姫林檎の木の下に、細い道があるでしょ?」
「…ありますね」
「昔、そこから通ってくる子がいて」
「へえ」
「玄関から来ればいいのに、必ずその、石榴の木の上から覗いて、ぼくが居ることを確認してから、椿の枝伝って姫林檎の木の下を通って遊びに来るんだ」
「…猫かなんかですか」
「ううーん、どちらかというと、鳥だな」
「鳥は餌だけもらえるなら誰のとこでも飛んでいきますから」
「言うねえ」
麗羅が何を暗示しているのかはさすがの霧風でもわかったが、そのあたりは詮索しないでおく。
小龍が、麗羅の渡した赤い実を受け取ったのかどうかなんてことは、・・・そんなことは、知らなくてもいいこと。
麗羅強化月間SS。2月は走り抜けた!(満足)
林檎といえば敢えて引用はしませんが島崎藤村。
こんなやり取りをしながら、麗羅は楽しんでいるんだと思う。
霧風は意外と気にしているんだけれどな。
(060117)
(up;060228)
2006/02/28(Tue) 17:54