花桃
「今年も咲いたなあ」
焔屋敷の庭では桃の花が盛りである。
寒い里のことなので、ここでは梅と桜と桃と杏がほぼ同時期に花開き、一気に春が来た様相を呈す。
中でも焔屋敷の庭は手入れが行き届いているので、長い間庭木の花が楽しめることで有名なのであった。
「おかげで昼は母が客を呼びたがるのでうるさくてかなわないよ」
焔屋敷の若主人である麗羅が縁側で足をぶらぶらとさせた。
「これだけ見事なんだから、小母様が見せびらかしたくなる気持ちはよくわかるけどな」
花の香りの中に立つのは小龍だ。
「…子供じゃないんだから、玄関から入ってくればいいのに」
麗羅が笑うと、小龍も笑った。
小さい頃から小龍は庭から屋敷に入ってくる。
「お姉様方は」
「出てるよ。だから呼んだんじゃん」
わかってるくせに、と言いながら麗羅が白濁した液体の入った瓶を取り出す。
祖母秘伝の甘酒だ。
桃の節句には焔屋敷の娘衆が中心になって、本陣では盛大なひな祭りが行われる。
麗羅も昔はつきあっていたのだが、ここ数年は夜は自宅に戻って、留守を預かることにしていた。
いつからか、夜の桃見に小龍が呼ばれるようになり、何回目かの春になる。
「こうしていると、また春が来たんだなあって思うよ」
小龍が杯を受け取る。
「そうだね」
ま、一杯、と麗羅が甘酒を注ぐ。
月はまだ昇って来ない。
(060303)
ぬるい話でごめんなさい。
ちなみに今年の桃の節句の月は細い上弦の月でした。
2006/03/02(Thu) 19:46