杜若(かきつばた)
「そうそう、これ」
小龍が鞄からもったいつけて取り出したのは紫色の杜若の文様が入った優雅な封書だった。香水のにおいが部屋にふわっと漂った。
「クラスの女子に頼まれた。霧風に渡してくれってさ」
「・・・頼まれた?」
霧風が受け取ってしまった封筒をうさんくさい目で眺めた。
どう見ても業務連絡の手紙という雰囲気ではない。
黙ってそのまま二つに引き裂こうとした手を、小龍があわてて止めた。
「な、何してんだよ、馬鹿。中身くらい読めって!」
「その必要はないでしょう」
「開いて読めって! 俺、頼まれたんだから!」
「貴方は渡してくれと頼まれただけでしょう。それをどうするかは私が決めていいことです」
「いや、だから中を読んでから決めろって!結構かわいい娘なんだぞ」
「・・・貴方は、中身をご存じなんですね」
「読んではいないけど、だいたい予想はつくだろ、普通」
小龍が霧風の手元から可憐な封筒を取り返す。
「吃驚した。たまにお前とんでもないことするな」
「貴方ほどではありません」
憮然として霧風が答える。
自分に他の人間が書いた恋文を平然と届ける小龍の鈍さには呆れかえって言葉もない。まあ、自分も彼には何も言ってはいないのだが、
「自分で渡さず、他の人間に託すという時点で気に入りません。その時点で中身を読む価値はありません」
「はっきり言うなあ」
小龍が折れた封筒をその手で延ばす。
「でも、自分の気持ちとか、面と向かってその人に言えないことって、あると思うよ。俺はその気持ちわかるな。せっかく一生懸命書いたものをもらったんだから、読むくらいすべきだと思う」
「貴方に、自分の気持ちを相手に伝えられない人の気持ちなんて、わかるわけないでしょう」
霧風は自分が思ったよりも冷たい声を出していることに気がついていた。
「霧風」
「その手紙の主は、自分が傷付くのがイヤなだけです。違いますか? 自分が気まずい思いをしたり、拒絶されたりするのがイヤなだけでしょう」
「・・・」
「本当に、相手に自分の気持ちが言えないというのは、自分の気持ちをぶつけても相手が迷惑に思うんじゃないかとか、困らせるんじゃないかとか、・・・相手のことを考えてしまったときです」
小龍が困ったような表情をする。
「・・・すいません、貴方に言っても仕方のないことでしたね」
霧風が小龍の手から紫の花の模様が付いた封筒を受け取る。
「クラスの子なんですよね。わかりました、ちゃんと自分で断りますから」
「・・・うん。いい子だからさ、よければ一応一回くらい会ってみてから決めてみて」
「・・・せっかくですけど、今あまり女子と付き合うとかそんなつもりはないので」
「霧風がそう思っているなら仕方ないけどさ」
気まずい、という程ではないが短い沈黙が流れる。
さっきは少し自分もムキになりすぎたかもしれないと思った霧風が口を開こうとすると先に小龍が言葉を発した。
「あのさ、さっき相手のことを考えてしまうと自分の気持ちをぶつけられない、相手に迷惑をかけるかもしれない、って霧風言ってたけれど」
少し首をかしげて、これはいつもの癖だ。
「それでもやっぱり、その人も自分が傷つくのが嫌なんだと俺は思う」
杜若の葉は剣にも似ていて。
霧風は小さく息をついた。
(2005/11/09)
最初、恋文→文→アヤメで、タイトルはアヤメにしようかと思ったのですが、漢字で書くと「菖蒲」になってしまって「しょうぶ」だとイメージちがうよなーとゆーことで「かきつばた」。なんで漢字で杜若って書くんだろうな。
ベタなんですが、小龍どこまで鈍いかなと思って。
普通に霧風にお似合いの彼女が居てもいいと思っている。
霧風はしばらく苦労するのですよ。
2005/11/09(Wed) 22:49