風鈴 「霧風、一昨日派手に暴れたんだって?」 霧屋敷で夕食を食べながら小龍がからかうような表情で尋ねた。 「…誰から聞いたんです」 「劉鵬。あいつ昨晩兄貴んとこに泊まったから、夕食の時にその話題が出た」 「あら、母さん聞いていないわよ」 霧風の母親がおみおつけをよそいながら声を上げる。 今日は小龍が来ているので、具は彼が好きな茄子と油揚だった。 「派手な立ち回りをして、何人か保健室送りだったそうですよ」 「あらあら、いったい何があったの」 「女の子と間違われたって聞いているけれど?」 「……」 霧風が憮然として押し黙る。 「髪切ればいいじゃん。思い切ってばっさりと。短くしときゃ、上背もあるんだからいくらなんでも女の子には間違われないだろうに」 「いやです」 「頑固だなあ」 霧風が答えないでいると、小龍が言葉を続けた。 「似合うと思うんだけどな。霧風はどんな髪型でも、きっと似合う」 「イヤです」 「…ふうん。でも女の子に間違われるのも、イヤなんだろ?」 しばらくやりとりを聞いていた母親がとうとうこらえきれなくなった様子で噴き出した。 「母さん」 「ああ、ごめんなさいね。あたくしも、お父様に同じような事を言ったことがあったのを、思い出してしまって」 「父さんに?」 「ほら、あの人、ヒゲをはやしているでしょう?」 「霧の御仁といえば、おひげですよね」 小龍が母親自慢の鮮やかな色をした茄子のぬか漬けに箸を伸ばしながらうなずく。 「結婚をする少し前から伸ばしはじめてね。最初は年が若かったから、ハクをつけるためだとかなんだとか言って…。でも、あんなおヒゲ、ない方がいいと思って、あたくし何度かそう言っているんだけれど」 「髭のない父上は記憶にありませんね」 「絶対そらないとおっしゃるのよ。意地になっているのね、きっと」 幾分のろけの入った母親の話を聞きながら、霧風はなんとなく父親の気持ちもわかるような気がしていた。当時最年少で八人衆に数えられた父は、妻を娶り、息子が生まれ、気負うところも多かったのだろう。 わからないでもないのだが、自分の髪と、父親のひげを同列に並べられるのってのは、どうも微妙な心持ちだった。とはいえ、母親と小龍がなんだか楽しそうに話しているのでまあよしとしよう。 蚊遣りからは白い煙が立ち上り、開け放した縁側からは風鈴の音がする。
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