病葉

 

病葉


「最近ようやくやる気になってきたようだな」
雷炎の父親が目を細くした。
雷炎はだまったまま滴る汗をぬぐう。

「一時期心の乱れがあったようだが、やっと落ち着いてきたようだ」

何も知らないくせに、父親面するんじゃねえ、と雷炎は心の中で毒づいた。
父親は嫌いだった。母親はもっと嫌いだったが、仕方がない。
 


「あ、早いな」
早朝稽古のためにやってきた十蔵が道場に顔を出す。
「すぐに着替えます」
師匠に向かってそう言いながら、十蔵は雷炎の前まで小走りで近づいてきた。
「小龍、剣道やるってさ。やったな!これでうちの学年、三人そろうぜ」
「・・・なに」
雷炎が答えを言う前に、父親が大きな声で笑った。
「そうか、羽根の家の小龍くんがやる気になったか!喜べ、雷炎、これでようやくお前らも団体戦で勝てるかもしれないな!」

 雷炎は黙って下を向いた。



「嬉しくないのかよ」
重い道具一式を片付けながら十蔵が聞いた。
「何が?」
「小龍が剣道やるってきいてさ。俺、お前がもっと喜ぶって思って言ったのに」
「・・・別に」
「なんでだよ、これで絶対団体戦勝てるんだぜ?あと一人が足りなくって、俺たちずっと悔しい思いをしてたんじゃんか。うまくいけば上の学年だって倒せるかもしれないんだしよ」

 風魔では剣道か柔道かが必須科目なので、子どもたちはたいていどちらかを選択する。小龍の兄の項羽は幼馴染の劉鵬と同じ柔道を取っている。
剣道ではすぐ上の学年に霧風が、さらに上には竜魔がいたが、個人戦はともかく団体戦ではここ数学年、粒が揃うことがなく、風魔の一族は芳しい成績をあげていなかったのだ。



 小龍が「帰って」きてから、雷炎の周辺にいくつかの変化があった。

荒れていた教室は、小龍が再転入してきて一週間であれだけ荒れていたことがまるで嘘のように収まった。

「お前ら、うるさい」

いつものように騒がしくなった教室で、小龍の鶴の一声が響き渡ったのだ。

 数人の生徒が、小龍に従うべきか、今までの放埓な生活を続けるべきか、迷ったように雷炎を見た。雷炎はもう、荒れた教室には飽きていた。
 雷炎と十蔵が小龍に逆らう気がないのを知ると、他のクラスメートたちはおずおずと小龍に従いはじめた。数学やその他の教科を、小龍に聞に行く生徒もいた。

 二年間かけて雷炎がめちゃくちゃにしたつもりの教室は、ほんの数週間で、いまや何事もなかったように平穏と秩序を取り戻そうとしている。

 それが不満なのではない、と雷炎は思う。
 なのに何故、自分はこんなにイライラしているのだろう。すべてをぶっ壊したいほど、雷炎は何かに対して苛立っていた。

 


小龍が小手が必要だというので、買いに行くのに付き合うことになったのは翌週のことだった。

「一枚だけ紅葉している」
小龍がつぶやいた。
雷炎も足を止める。
「どこ?」
「ほら、あそこ」
雷炎が見つけられないでいると、小龍は懐から白い羽根を取り出して、小さく構えると木の中に投げ込んだ。軽い音がして、鮮やかな朱に染まった葉が一枚落ちてくる。

「こんな時期に、紅葉か?」
雷炎が言うと、小龍が赤い葉を拾い上げた。
「病葉だ」
「・・・『わくらば』?」
「病の葉、って書いて、わくらば。たまに他の葉が緑のときに、時期ハズレに紅葉したりする葉っぱのこと」
雷炎が小龍の指から小さな葉を受け取った。


 それは炎の中に飛び込んでいく虫のようにも思えて、
 雷炎はもう、最近自分が小龍のことを好きなのか憎んでいるのか、よくわからなくなっていることに気がついていた。


 緑の中に、鮮やかに病を帯びて血の色に染まる、一枚の葉のように。
 それがやがて何を生むのか、雷炎にはまだわからなかったのだが。









 





2005/07/16




「火蛾」の続編です。
雷炎→小龍。

  

 「病葉」は夏の季語。最初は「火蛾」と一緒で一つの話にするつもりでしたが、長くなりそうだったので分けました。

「わくらば」という言葉に出会った時点で、「これだ!」と思いました。
 これが原作9巻の伏線につながっていく。かわいそうだな、雷炎も。


 ちなみにこの後、雷炎たちは団体戦敵無しの数年間を送ります。
そのときは大将・雷炎、副将・小龍、先鋒に十蔵。
他二人はたまに勝ったり負けたり。

三学年対抗戦なら、一個上の霧風と一個下の小次郎が入って最強チームができます。(小次郎のかわりに竜魔でも可ですしね)あれ、小次郎は剣道は強いのか?弱そうだな、試合では(笑)


霧風は小龍が剣道を選択したのでひそかに喜んでいたりしてさ。
たまに手合わせもします。
負けたくないし、カッコいいところを見せたいので、霧風もこの後かなり張り切って練習するのがかわいいと思う。







2005/07/16(Sat) 21:06