火蛾

 

火蛾 

「つまんねえ」
雷炎がつぶやいた。
「フケるか」
隣りにいた十蔵に顎で示して、立ち上がる。
後ろから教師が何か叫んだが、椅子を蹴飛ばして睨むと、まだ若い女教師はおびえた目で黙り込んでしまった。
「弱いくせに、吼えるな、ブス」
言い捨てて部屋を出る。
ついでに窓ガラスを一つ割ったが、教室からは何も帰ってこなかった。
「つまらねえな」
もう一度つぶやくと、十蔵が肯いた。

 一瞬、いつからこんなにつまらないことばかりになったのだろう、と雷炎は思い出そうとした。子どもの頃はなんでもそれなりに面白かったような気がする。
いったい、いつからこんな風になってしまったのだろうか。

「何か、面白いことねえかなあ」

 前の教師も嫌いだったが、新しい教師はもっと最低だった。
無能のくせに、勝手な事ばかりまくしたてて、教室はすっかり教室として機能をしていなかった。


「・・・あのさ、雷炎。昨夜聞いたことなんだけれど」
先ほどから何か言いたげだった十蔵が雷炎に声をかける。

「親父が、羽根屋敷で聞いてきたっていうんだが」
「羽根屋敷で? 何か面白い話か?」

まだ未確認情報なのだが、と断ってから十蔵が口を開いた。

「小龍が、帰ってくるかもしれないらしい」

「・・・小龍が?」
雷炎が聞き返す。

小龍は2年前に風魔の里から親戚筋の家に養子に出された彼らの級友だった。羽根屋敷の次男坊で、長男の項羽はいけ好かないところがあるが、弟の小龍はよく笑う、付き合いやすいヤツで、雷炎たちの親友だった。子どもの頃は雷炎と十蔵と小龍の三人組でいつも子犬のように遊びまわっていたものだった。

 いつまでも一緒にいるのが当然だ、と思っていた2年前、小龍は親の命令とはいえ、突然の転校を彼らに告げたのだった。

「帰ってくるって、なんで」
「なんでも、向こうの家で、子どもが生まれることになったらしいんだ。それで、小龍がいらなくなったらしい」
「・・・なんだよ、それ」
「・・・うん」

 子どもがいないから、と言って自分たちの前から小龍を奪い取ったくせに、代わりが生まれるからはい返します、というのは大人の理屈にしたってひどい話ではないだろうか。雷炎は黙って形のいい唇を噛んだ。

「で、いつ帰ってくるんだ?」
「さあ。そこまでは」
「けっ」

乱暴に足元の石を遠くに蹴飛ばす。

なるべく思い出さないように努力してきたのだ。
なのに、浮かんでくるのは、転校を彼らに告げた時の、どこか儚げな幼い小龍の顔だった。三人は誰も泣かなかった。急遽開かれたお別れ会で集団ヒステリーのように泣き喚く女子たちを、みんな殺してやりたいと思ったことだけはよく覚えている。


 
結局、小龍が風魔の里に帰ってくることになったのは5月に入ってからだった。

「雷炎!」
何か言ってやろうと思っていた雷炎は何をするよりも先に首に抱きついてきた小龍にすっかり気勢をそがれてしまった。

「雷炎、髪伸びたんだな、十蔵から聞いてたけど、身長も。でもさ、俺もけっこうでかくなったろ?」
「・・・まあな」
まるで2年間の空白などなかったかのように明るい笑顔で話しつづける小龍に、とうとう雷炎は顔をほころばせた。十蔵がほっとしたように見ているのが分かった。

  昔のように心が溶けていくのがわかる。
 
「海野先生は、お元気?」
「ああ、木の葉の里に帰った」
「へえ、じゃあ、今担任誰?」
「・・・女」
「なんだよ、それ」
答えになっていない、と小龍が笑う。
「そういや雷炎って、昔から女の人苦手だったよな」
指摘されて雷炎がぶすっとして黙り込むと、十蔵も昔のように笑った。


月曜日から復学も決まっているということで、つもる話にようやく一段落付けて羽根屋敷を後にしたのは随分遅い時間だった。

「よかったな、小龍全然変わっていなくって」
十蔵が月の照らす道を楽しそうに進む。
「でも、あの様子じゃ、今の教室の状態みたら、おったまげるんだろうな」


 変わっていない? 本当に?

雷炎は先ほどまで会っていたかつて友だった少年の話し方や仕草を思い出す。
子どもっぽい昔の印象はすっかりなくなり、羽根の一族に共通する、すべてを見透かす鋭い目をした一人の少年があそこにはいた。


 自分は何をしていた?


雷炎が立ち止まったことに気がついて、十蔵も足を止めた。

「どうした?」
「・・・いや」

自分は、漠然と自分自身の中のバランスが崩れた事を、大人たちのせいにして、反抗をしていただけじゃなかったか?


 自分は今まで、何をしていた?


雷炎は夜道の先の暗い闇を見つめつづける。
背中にある街灯の中に虫が飛び込んでいく音がした。







 






 雷炎→小龍。
 十蔵も同級生w

 小雷の話は「病葉」に続きます。

 最初に「雷炎だよ!雷炎がいるよ!」と叫んだ日がなつかしいです。小雷は発見だったよなあ。それとも結構一般的な組み合わせだったのかな?かな?

 あと、いつか夢魔とか死紋とかと雷炎との因縁書きたいな。兄弟設定なんですが・・・




2005/07/15




 

 

 




 

2005/07/16(Sat) 21:07