遠雷

遠雷

「霧風、悩みある?」
小龍が前に座るなり神妙な面持ちで口を開いた。
「ないですよ。なんでまたそんな」
小龍があまり生真面目な表情で言うので、霧風が思わず微笑んだ。
「……いや。……ないなら、いいんだけれど……」
「何、なんか変なことでもありましたか?」
「うん、まあ…噂なら、構わないんだけどさ」
「何。言ってみてください」
 言うのを戸惑っている小龍がめずらしくて、霧風は身を乗り出した。
 困ったような表情をする小龍はかわいいと思う。



「・・・霧風、好きな奴ができた?」

「は?」


霧風は持っていた本を取り落としそうになった。

「す、好きって?」

しっかりうろたえて、霧風が小龍の次の言葉を待つ。
  気まずい沈黙が流れた。

「……俺の知ってるやつだって、聞いたから……」

小龍が耳まで赤くして言うが、でもおそらく自分も赤面しているに違いない。
「だ、誰から、なんて」

 誰にもばれていないと思うのだが。
 誰が何を小龍に言ったのだろうか。

「……誰を……」

  小龍がうつむく。かわいいと思う。
  この勢いで言ってしまった方がいいのだろうか。
  小龍の反応としては、悪くはない、気がする。
  他の奴から話が行くくらいなら、いっそ。


「霧風、雷炎のことが好きなんだって、本当?」


「は?」


「もしそうなら、俺、なんていうか、その、雷炎とは同じ組だし、あいつはたしかにいい奴だしさ、ええっと、その……霧風最近元気ないし、もし俺で手伝えることがあるんだったら」
「ちょっと待ってください」
霧風が必死の思いで小龍の言葉を食い止めた。


 「すいません、雷炎って誰です」


「え」
「誰ですか、その子」
「違うの」
「……小龍の組の子?」
「そう。俺とよく一緒にいるだろ?ちょっと綺麗な、背の高い」

心当たりがあるとすれば、小龍とよく一緒にいる子だということで、そんな噂が立ったのだろうか。

「なんだ、噂か。霧風が赤面するから、本当かと思ったよ」
「こっちが驚きました。……いったいどこからそんな噂が出るんですか」
霧風が深いため息をつく。寿命が3年くらい縮まったかと思った。
「明日ガセネタを流した奴をシメておこう」
小龍があながち冗談でもない様子でつぶやいた。


途中、ふと気がついて霧風が尋ねた。
「……雷炎って子と、仲いいんですか」
「雷炎?うん、うちの学年では一番仲がいいな。唯一対等に話せる奴かも」
「ふうん」

 胸の奥が、チリチリと痛む。
 つまらない感情だとはわかっている。
 わかっているのに、自分では、どうしようもない。

「でも、よかった」
「…なにがですか」
「よかったっていうか。なんだろうな、否定されて、ちょっと安心した」

 小龍が笑う。

その笑顔にうぬぼれたくなるのは、いけないことなのだろうか。



  この胸の中のごろごろとした感じが。
  もうすこし、もうすこし我慢していれば、
  いつか、きれいに消え去っていってくれるのだろうか。

  でも、この胸のうずきが全くなくなってしまうのは、
  それはそれで切ないように霧風には感じられた。


遠くから雷の音が聞こえてくる。




 





2005/06/26

 あれ、霧風剣道習っているんだから、師範の息子である雷炎を知らないってことはないのかな。まあいいか。
 雷炎は顔も綺麗でけっこうなんでも出来るんだけど全部2番手どまりで、実は結構地味で意外と目立たないってのが萌。
 霧風に「雷炎って誰です」って言われちゃうあたりのキャラで。
 本人は気にしているといい。








2005/06/29(Wed) 20:53