月草
「霧風、これ、来月の」
琳彪が小さい文字で書き込んだ表を霧風に手渡した。
意外と細かい仕事をマメにこなす琳彪は、最近見回り等の組み合わせ表を作る仕事を請け負っている。
「・・・」
霧風がふと眉根を寄せた。
以前に聞いていた順番とわずかだが変更がある。
「琳彪、満月の晩は、わたしが当番ではなかったか?・・・予定を空けておいたのだが」
「ああ・・・。悪い悪い。ちょっといろいろあってな」
言いながら、琳彪は少し迷ったようだが、霧風の肩を軽くたたいた。
「ちょっと、話がしたいんだが…いいかな?」
人気のない場所まで移動すると、おもむろに琳彪が口を開いた。
「あのさ。お前、小龍と喧嘩したか?」
琳彪の口から思わぬ名前が出たので、霧風は黙って目を丸くした。
「やっぱそうか・・・実はな、夜回りの組み合わせ、変えてくれって言い出したの、小龍なんだよな」
「・・・」
「俺としてはさ、避けても仕方ねえだろ、とは言ったんだけど・・・まあ、あいつが我侭言うのって、珍しいだろ、項羽と違って」
項羽のやつは歩く我が儘だからな、と軽口をたたく琳彪に、霧風が顔を上げて目を合わせた。
「・・・小龍が、わたしを避けている?」
「そうだろ、最近」
琳彪が肩をすくめて見せる。
「まさかお前が気がついてないとは言わせないぜ。俺もさ、小龍に言われてからお前らのこと心配で見ていたんだけど、お前が小龍のこと、なんだか必死で目で追っているのに、あいつときたら・・・」
霧風の様子をみて、琳彪は言葉を続けることをやめた。
「ま、はやく仲直りしろや。」
* * *
「なんでお前がここに来るんだよ」
頭上から不機嫌な声がして、霧風は大きな松の木を見上げた。
「今日の当番は俺と劉鵬のはずだ」
「劉鵬には当番を代わってもらいました」
「・・・劉鵬の奴、サボりか」
「いや、わたしが無理を言って代わってもらったんです」
不機嫌を絵に描いたような表情の小龍の隣りの枝に、霧風が飛び乗る。
「小龍と話がしたいと思って」
「俺には話すことはない」
小龍が立ち上がった。枝が揺れる。
「・・・何処に行く気ですか」
「劉邦をたたき起こしてくる」
「待ってください」
「離せ」
木から飛びおりようとした小龍を、霧風が抱きかかえる格好になった。
小龍が自分の体を霧風から引き離す。
「触るな」
「小龍」
「・・・」
「この間の事、怒っているのなら、謝ります」
「・・・」
「でも、わたしは」
「・・・ああいうことを、ふざけてやる奴ってのは、嫌いなんだ」
小龍が強い語調で言う。
「・・・ふざけてなんか、いません」
不思議ほど明るい月が照らす中、小龍が目を上げる。
不謹慎な話だが、怒っている小龍は奇麗だな、と霧風は思う。
我慢ができなくなって、強く抱き寄せる。
「ふざけてなんか、いません」
もう一度耳元に囁くように言って、霧風は目を閉じた。
そうだ、この間もそうして、小龍が抵抗らしい抵抗をしなかった事をいいことに、その唇に触れてしまったのだった。
近くにいられるだけでいいと思っていた。
兄貴の友人、くらいの場所で、いいと思っていた。
視界の隅にいてくれればよくて、
たまに会えればそれで充分で、
できれば笑っているときに会えればいいのにな、と思っていた。
一生の秘密にしておくつもりだった。
もしかしたら相手も自分のことを思ってくれる可能性が少しでもあるのかと、そんなことを思いついた途端に、胸が苦しくなってしまって。
くるしいのに、呼吸ができないくらいなのに、
世界が急に色がついたように思えてきて、
そっと触れたらもっと触れたくなってきて。
2度目の口付けは、月の光の味がした。
琳彪が実はなかなかいい奴です。
話題になっている最初のキスの話は「撫子」
ファーストキスの裏話は「傷口」で。
2005/05/29
2005/06/17
初出・2005/06/17(Fri) 00:41
これ書いたときから4年経つんだなあ・・・