傷口
「痛」
「あ、ゴメン、熱かった?」
麗羅が驚いて小龍を覗き込んだ。
「…いや、口の中切ってたみたいで、しみただけ」
「熱いの好きだからさ。小龍猫舌なのかと思った」
「猫舌は兄貴」
「ああ、そんなこと聞いたことある」
麗羅が作ってくれた甘酒は確かに熱かったが、飲めないほどではない。
言われてみると麗羅のとこの飲み物はいつも熱い。
「大丈夫? 口の中切ったって、誰かに殴られた?」
「まさか」
言って小龍が笑う。
さすがに最近は父親に殴られることも滅多になくなった。
父親は昔はかなり高圧的で命令形でしかものを話さない男だったが、白髪も増えてきた昨今は時々ひどく寂しそうな顔をしているときもある。
「なんで切ったんだっけな、思い出せない」
「ああ、あるよね、そーゆーこと」
麗羅が銀色の匙で暖かい飲み物をかき混ぜる。
「ぼくのとこの姉貴なんかも、自分の腰周りがどれだけ太くなっているのか、自覚ないんだよね。あちこちぶつかって歩いているくせに、あとから青あざを見つけて『えー、なんでえ』とか言うんだよ」
「あはは」
小龍が笑い出す。麗羅の姉はどの姉も美人で有名で、腰が太いなどと言って許されるのは里では麗羅だけなのだ。
「・・・あ」
「あれ、思い出した?」
小龍が眉を寄せて、首をかしげた。
「飴でも舐めて切ったの」
「・・・そんな甘いものじゃなかったような気がする」
「ふうん」
麗羅が何かいいたそうな顔をしたが、結局それ以上の追求はなかった。
霧風と顔がぶつかったんだった。
あんなのはキスではなかったと、小龍は思う。
そんな甘いものではなかったような気がする。
(20060108)
ファーストキッスの裏話。
霧風は初めてだったので歯がぶつかっています。駄目じゃん。
麗羅が最後に言おうとしていたのはたぶん
「じゃ、ぼくが舐めてあげようか」だったと思われます。
初出・2006/01/08(Sun) 18:28