夕立

夕立

それまで天気は快晴だったのだが、急に暗い雲が出てきたかと思うと大きな音とともに雨が降ってきた。
「霧風、玄関を閉めてきてちょうだい」
母親に言われて、霧風は立ちあがった。
風が強く、廊下の一部に雨が吹き込んでいる。

「・・・あれ」
「あ、いたんだ」

軒先に立っていたのは小龍だった。
「何をしているんですか」
「見ればわかるだろ、雨宿り」
「それはわかりますが、なんでここにいるんですか」
「うーん、西の山に今日は行っててさ」
いいながら山桃がたわわに実った枝を小龍が差し出した。
「これ、おばさまに。でもって、ちょっとタオルとか、貸して」


「まあまあ、ぷちどらちゃん!」
霧風の母親は最近小龍に変なあだ名をつけるくらいに彼の事を気に入っている。
「すいません、お邪魔します」
「西山に行っていたんだって」
「すぐにお風呂の準備をしてあげなさい、霧風」
「いや、何か拭くものだけ貸してもらえれば」
「ダメですよ。風邪をひいたらどうするの。さ、濡れた服を脱いで」
母親が着替えを準備する。
「すいません、お騒がせしちゃって」
「温かい飲み物を準備するわね」
霧風があまり友人を家に連れてこないこともあって、この家に訪問者は少ない。
母親は割合客人が好きなので、たまの訪問者を歓迎する。


「急に降ってこられちゃって。そしたら霧屋敷が近いことを思い出して、雨宿りさせていただいていたら、霧風が出てきたんで、上がり込んでしまいました」
「すぐに玄関から入ってくれればよかったのに。ねえ、霧風」
「…そうですね。変に遠慮することはないのに」
母親は、慣れた手つきで小龍が持ってきた山桃の枝を花器に生けた。

「ほら、綺麗。霧風、お風呂の様子を見ておいで」
「はいはい。まったく母さんは小龍がお気に入りだな」
「だって、かわいいんですもの。ね」
小龍は笑っているだけで答えない。
霧風は席を立つと風呂の温度を確認して帰ってきた。
「丁度いいようだから、入るといいよ」


「貴方も一緒に入ってしまえば?」
母親が何の気なしに息子に声をかけたので、霧風は飲みかけていた麦茶を吹きそうになった。
「やあねえ。男の子同士で遠慮もないでしょうに」
「う、うちの風呂はそんなに広くないでしょう」
やっとそうだけ言い返していると、小龍が風呂から出てきた。

「あの…これ、着てよかったんですか」
「あら!思った通り!似合うわ」
母親が手をたたいて喜んだのも無理はない。
小龍は、昔父親のために母が仕立てたという浅黄色の浴衣を着ていたのだ。

「着てくれて、うれしいわ。この柄、若い人用でしょう。なのにこの色って、霧風には全然似合わないんですもの。長いこと箪笥の肥やしだったのよ」
「似合わなくてどうもすいませんでしたね」
「霧風に似合わない色って、あるんですか」
「この色、この子が着ると、全体がぼやけちゃって、なんか似合わないのよね」
「……はいはい。母さんにはかなわないな」

確かに、風呂あがりの浴衣姿は、ちょっと目のやり場に困るほどよく似合っていて。

「ほらほら霧風。水羊羹が冷えていたでしょう。持ってきてあげて」
母親はすっかり上機嫌で世話を焼く。
言われるとおりに台所を往復しながら、ふとこんな日常もいいな、と霧風は小さく微笑んだ。

 夕立のあとの、ほんの一瞬のやすらぎであったとしても。



 




 ちなみにその後沸かし直したお風呂になかなか入れない霧風に萌(笑)。
  霧風の家族については別記家族設定参照。
  霧風に浅黄色、本当に似合わないんですよね。何故だろ。



2005/06/23
2005/0707


初出・2005/07/04(Mon) 21:55