微熱
「霧風、たるんどるのか!」
怒声が響く中で、霧風は唇を噛んだ。
「大丈夫か?」
訓練が終わった後で、小次郎が側に寄って、声をかける。
「…大丈夫だ」
仕方がない。自分のせいだ。
「気にすんなよ。あの師範代、自分が特殊能力とか使えないもんだから、やっかんでいるんだぜ。調子悪いことくらいあるって。な。」
「…ありがとう」
霧風が一生懸命慰めてくれる小次郎に何とか笑いかける。
さらに向こうの組から、心配そうに見ている小龍の視線を感じるのが痛い。
「霧風、具合悪いんだって?」
避けていたつもりだったのだが、休み時間にとうとう小龍につかまった。
「…ああ、ちょっと」
霧風が顔を背ける。今だけはあまり話をしたくなかった。
「みんな心配している。にしてもあの師範代の言うことは気にしない方がいい」
新しく来た師範代と霧風はどうも相性が合わなくて、目をつけられた霧風は最近なにかというと当たられている、というのが大勢の見方だった。
特に最近、霧風は一族の特殊能力である霧や雲を呼ぶ力の調子が悪く、思うように霧を出せないことが多かったため、まだ若い師範代からは無能よわばりをされているのだった。
「本当に、気にするなよ。霧とか出すのって、何かコツがあるのか?」
「……いや……」
「本で調べたんだけどさ、」
小龍が霧風の目の前に座る。
「あれなんだってな。霧の一族って、水蒸気を集めて、冷やすんだろ?そうすると露点に達した時点で、霧が発生する」
「まあ、理屈はそうですね」
「こんな乾燥した時期に霧を出せ、って言われても困るよな。見せ物じゃないって、ハッキリ言った方がいい。お前が言いにくいなら、俺が言ってもいい」
「…大丈夫ですよ」
霧風が小さく笑う。
乾燥しているよりも湿気があった方が霧を発生しやすいのは当たり前なのだが、原因はそこではないと、霧風はすでに漠然と気がついていた。
「熱、ある?」
小龍がふと霧風の指先に触れた。
霧風はびくりとして手を引こうとしたが、小龍はかまわずに手を握った。
「霧風、手あったかいよね」
「……普通です」
「そうかな。俺もあったかい方だってよく言われるんだけれど」
小龍が小首をかしげる。
本人が、気づいているかどうかはわからないが、小龍は少し首をかしげるクセがある。
「風邪気味なんじゃないか?」
「…そうかもしれません」
霧風が不器用に手を離した。
掌に汗をかきそうだ。
まだ、ばれてはいけない、と思っている。
その人がいるだけで自分の体温があがるなんて、
そんなこと。
…知られては、いけない。
先ほど握られた手が熱くなるのを、霧風は感じていた。
霧風敬語標準装備で。
2005/06/20
初出・2005/06/26(Sun) 23:10